声を荒らげる俺に、もはや恥も外聞もあったものでは無い。
 俺は多くの現代日本人に漏れず無宗教ではあったが、自分の価値観と言うか、世界そのものを信じられなくなってしまった今となっては、助けてくれるなら神でも仏でも信じられそうな気がした。
 一人では満足に動き回る事すら出来ない俺は、この場に居もしない何者かに対してただひたすら許しを請い続ける。
 それはまるで、壊れた玩具。
 スイッチを押せば喋り続ける玩具の人形。
 スイッチが壊れてしまうと、ひたすら同じ言葉を繰り返すだけの人形と、大差が無かった。
 俺も、ここで消えてしまうのか──そう考えるだけで言いようのない恐怖に潰されそうになる。
 嫌だ。
 死にたくない。
 でも、もう由加は居ないんだ。
 彼女を飲み込む灰色の穴は、既に上半身を覆う程に大きくなっている。
 彼女は行けと言った。
 一人で行けと言った。
 一人で歩けと言った。
 俺に死ぬなと言った──
「……行かなきゃ……」
 行かなきゃ俺も消えてしまう。
 由加はそれを望まなかった。
 なら、行かなきゃ。
「畜生、死にたくねえ……」
 前へ進む為に、一歩だけ歩を進めてみた。
 ずきり、と右足が痛む。
 更に前へ進む為に、繋いだままだった由加の左手を離してみた。
 ずきり、と心が痛む。
 駄目だ駄目だ。
 いま振り返ったら、先へ進むと決めた決意が鈍ってしまう。
「助けて……死にたくねーよ……」
 俺はただ、呪文のようにその言葉を繰り返す。
 それでも前だけを見て、ゆっくり一歩づつ進んでいく。
 負傷した右足は痛みという名の警告を発し続けているが、構っている暇は無い。
 そうしている内にも、ゆっくり、しかし確実に灰色は世界を侵食しているのだから。
 もう一度だけ、俺は「助けて」と呟いた。
 果たして、その声に答える者は──
「助けるとは、何をどうする事かね?」
 ……居た。
 居た!?
 背後から聞こえたのは、男の声だった。
「……あ、あんたは……?」
 もう振り返らないと、決めたばかりなのに。
 俺は痛む心身に鞭打って、それでも後ろを振り返っていた。
 虚ろな俺の目に飛び込んで来た物は──