「来ます!」
 俺達も見てしまった。
 見上げて、しまった。
 空を。
 いや、空に開いた小さな“穴”を。
 灰色。
 色味は無く、白とも黒ともつかない無の空孔。
 底は知れず、光が差さないどころか闇すら無い。
 いや、そこには透明すら無いのかも知れない。
 それが、じわじわと。
 肉眼でも分かる速度で、じわじわと拡大していた。
「何だ、ありゃあ……」
「ワームです。“消え去りたくなければ”、彼女を連れて少しでも遠くに逃げてください。この場は私が引き受けます」
 それだけ言い捨て、そのまま大きく跳躍する赤い髪。
 距離にして、目算およそ十メートル──
 今度ははっきりと見た。
 スピーカーを仕込んだとか、体格がどうこうとか、そういった細かい事は全部抜きにして、それは目の前で起きたんだ。
 助走もつけずに、十メートル!
 恐るべき事に、表情から察するに赤髪はまだ余力を残した状態で、十メートルの跳躍である。
 姿はどうはれ、あれは絶対に人間なんかじゃない。
 奇しくも、赤髪自身が彼女が言うところの“怪物”に他ならないじゃないか。
 この時、俺は初めて、本当の意味で、自分の中にある常識が音を立てて瓦解していくのを感じていた。
 ここは、人間の住む場所ではない。
 今なら自信を持ってそう言い切れる、そんな気がした。
 もはや完全に認めざるを得まい……赤髪の少女が人外の存在であると。
 そして、空に頂くその無の彼方から凄い勢いで落ちてきた何かが、ついさっきまで少女が立っていた場所に深く深く突き刺さったのも、現実として受け止めねばなるまい。
 コンクリートで覆われた地面は隕石が落ちたようなクレーターを形成し、その下の砂利や土を大量に巻き上げる。
 あれは、悪意によって意図的に着弾地点を狙ったであろう、そんな一投だった。
 偶然ここに隕石が降ってきたのとは訳が違う。
 飛来した正体不明の物体。
 それは、一枚の鳥の羽をあしらったダーツの矢のように見えた。
 突然降ってきたダーツの矢が、アスファルトの地面を穿ち、粉砕するだって?
 既に、この世の全てが俺の常識を裏切っていた。
 何が起きているのかも分からないまま……