「別にいいの、偶然でも!」
 振り返らずに、由加が言う。
 まあ確かに経過はどうあれ、俺が彼女を見つけ出した事には変わりなく、俺の安っぽい嘘はとうに見破られているに違いなかった。
 そう言えば、その後からだっけな。
 由加が頻繁に嘘を吐くようになったのは。
 …………。
「大樹、次はどっち?」
「右だ! 道は細くなるけど分岐が多いから撒きやすいはずだ!」
 何度目かの分岐路を目の前に、前方から投げられた問いかけに即答する。
 あの子はまだ追ってきているようだ。
 振り返らずとも、足音で分かる。
 足音で──
「いい加減……止まりなさいっ!」
 足音は、すぐ後ろまでやって来ていた。
 冗談だろ?
 俺は結構本気で走ってるつもりだし、由加は現役で陸上──それも長距離ランナーをやってるんだ。
 しかも、この迷宮じみた細道を把握しているのは俺だけだ。
 体格的にも、体力的にも、土地勘的にも、赤髪が追いつける道理が全く無い。
 絶対に不可能なはずなのに!
「くそっ、どうなって──おわっ!?」
 振り返った時に、足がもつれて転倒してしまう俺。
 ヤバい、と思う間もなくあっさりと赤髪に追い付かれてしまった。
 少女は俺の前に回り込み、そのまま足を止める。
 その表情は、声ほどには怒りに染まってはいないようだ。
 こちらの異変に気付き、少し離れた所で由加も足を止める。
「ひろ──」
「由加、先に行け!」
 間抜けな体勢でひっくり返ったまま、駆け寄って来ようとする由加に制止を呼びかけた。
「でも!」
「俺は平気だから! 早くっ!」
 決して平気だとは思わない──この少女はどこか得体が知れない気がするから。
 それでも二人揃って捕まるような真似だけは、絶対に避けたかった。
 が、由加は進退窮まっているようで、足を止めた位置から動こうとしない。
「何故──」
 立ちはだかる少女の口が言葉を吐き出す。
 凛とした高い声。
 責めるような声。
 やはりあの声だ。
 喫茶店で聞いた、呼び声と同じ。
「何故逃げるのですか!? もう時間はあまり残されていないと言うのに!」
 俺の胸ぐらを掴み上げる少女。
 思わず、うげ、声を漏らしてしまい、それが由加を引き留めてしまった。
 情けねーったらありゃしない。