「どうしたんだ」

「こ、こいつのせいで……っ」


私は恨めしい目で奴を見上げながら、震える指で奴を指した。


「俺のおかげで遅刻しないで済んだんだろうが」


そのまま降ろされそうになって、意地でも落とされてたまるかと奴の首に捕まった。


「ざけんな、さっさと離れろよ」


振り払おうとする奴に、私は藤川さんに助けを求めた。


「藤川さん、助けて」

「はいはい、おいで」


子どもをあやすような言い方。

私は奴の首から手を離し、藤川さんの首に抱きついて抱っこしてもらった。
抱っこされながら優しく心配してくれる藤川さんがまるで仏のようで思わず子どものように甘えたくなってしまう。


「大丈夫?」

「私バイク初めてなのに、あいつめっちゃスピード出して。本当に死ぬかと思った。あいつ乗り方もちゃんと教えないで、運転し出して、もう少しで振り落とされるとこだった」

だからあいつを解雇してと言わんばかりに、どこかたどたどしく、まるでお母さんか学校の先生に悪ガキの悪行を切々と告げ口するかのように訴えた。

抱っこされながら、メイクをするべくワンボックスカーへ。

その間、藤川さんはうんうんと私の気が済むまで聞いてくれた。
というか聞き流していた。

すれ違う関係者の視線が痛いが、今はそんなこと気にしていられない。


「そろそろ足大丈夫かな?ゆっくり降ろすよ?」


道路へゆっくり体をおろされる。
私が倒れないように背中に手を回したまま。

ちゃんと地に足が着けることを確認すると、藤川さんはポケットから取り出したハンカチで涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔を優しく拭いてくれた。


「あちゃー、目も顔も真っ赤だなー」

「全部あいつのせい」


再び恨めしい目で奴を睨みつける。


「こらこら、やめなさい」


事態を聞きつけたメイクさんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「こりゃ、ひどいね。これじゃ化粧したって顔もごまかしきれないよ」

「なんとかなりませんか?」

「うーん難しいな、だって千遥ちゃんは元々すっぴんに近い薄化粧じゃない。顔の赤みを消すなら化粧厚くしないと無理だよ」


私の顔をじっくり見ながら、あぁでもないこうでもないと唸るメイクさん。
収拾つかない事態に、藤川さんも困り果てている。


「ちょっとカメラマンと雑誌の担当者に相談してこよう」


そう言って藤川さんと共にお偉いさん達のところに。