バイクに乗ったのは初めてだった。
ぶっちゃけめちゃくちゃ怖かった。

だけどこれに乗らないと撮影場所まで間に合わない。

私は、私の人生で空前絶後と言っていい程の窮地に追いやられていた。
心臓がバクバクと激しく鼓動している。

バイクの後ろに跨り、奴の服を遠慮気味に掴んだ。
というか摘まんだ。

そんな私に、奴は淡々と告げる。


「お前それ死ぬよ。自転車じゃねぇんだから」


そう言ってアクセルを踏んで走り出した。


「え?……きゃぁあああああああっ」


バイクから振り落とされそうになり、すかさず奴の腰に手を回して抱きついた。上半身が奴の背中にぴったり密着する。

心の叫びは止まない。
こんなに体を密着させるなんて、自分から抱きつくなんて恥ずかしい。
恥ずかしいけど、だけど今はバイクから落ちることの方が嫌だ。

ていうか死ぬ!

きっと私の顔は今真っ赤だろう、涙も滲んできた。悔しさか、恥ずかしさからか恐怖か、様々な感情を含んだ涙。

泣いてやるもんかときゅっと口を結んで、バイクの振動に耐える。


「そうそう、そうやってしっかり捕まっとけ」

「早く言ってよバカ!あたしバイク乗るの初めてなんだから!」


泣きながら奴に文句を言う。

しかもバイク初めてだって言ったのに、なのにっ。

奴はそんな私にお構いなく容赦なくガンガン飛ばしていく。

まるでマリカーのように、何台も車を追い抜いて首都高を走る。

ちらっと、スピードのメーターを見て思わず卒倒しそうになった。

死にたくない、まだこんなとこで死にたくない!

私はいつしか泣き叫んでいた。


「いやぁああああああっ」

「ちっ、うるせぇな。事故りてぇのか?」

「やだぁぁあああああ、死にたくないよぉおおおお」

「だから、黙れっての」

「いやぁあああああっもう降ろしてぇえええええ。死にたくないよぉおお、お母さあああああん」

「ちょっと……痛ぇんだけど」


絶対落とされてたまるかと言わんばかりにきりきりと奴のウエストを締め付ける。
う、という奴の呻き声と苛立った声が聞こえてきて、私はすかさず言い返した。


「うるさい、うるさい!お前のせいだろ!」


その後も悲鳴と暴言を繰り返しながら、きりきりと奴の薄っぺらい腹を締め付けてやった。

ようやく撮影場所の東京近郊の海岸に着いた頃には、げっそりと完全に生気を失っていた。

昨日寝ていないという最悪のコンディションに、この予想外のアクシデント。


……こんなんで今から本当撮影するんだろうか。


「おい早く降りろ」


そう促されるも奴の背中に体を預けたまま動けない。もはや遅刻とかどうでもいい。

私は、生きてて良かったと心の底から思った。


「足、力入んない」

「しょうがねぇな」


そう言う私に奴は小言を言いながら抱きかかえると、所謂お姫様抱っこという奴で連れていかれた。

そんな私達を見つけた藤川さんが何事かと駆け寄ってくる。