「初めてのドラマ撮影だけど緊張してる?大丈夫?」
「はい」
「ははは、緊張してるね。最初はそんなもんだよ。リラックスしていこう」
控室で藤川さんに励まされる千遥。
が、リラックスなんてとんでもないといった様子で、さっきからぶつぶつ何かセリフみたいなものを唱えている。
昨日の奴は、「明日はやっと女優デビュー!これが大女優への一歩となるの!」
と云々カンヌン舞い上がっていたが、今日朝迎えに行ったらまるで死んだ魚のような目つきになっていた。
今日は初めてのドラマ撮影らしい。
平日の夜23時から放映されるもので、他に今流行りのアイドルやモデル出身の女優がわんさか出るような恋愛ドラマとのこと。
主演は、モデル出身でハーフの須藤リサ。浅黒い肌にくっきりとした目鼻立ち。モデル出身というだけあって足が長い。
さっきすれ違った時に意味深にウインクされたが、軽く会釈で返した。
俺の交遊関係に須藤リサなんていなかったはずだが。
そんなことはさておき。
ついに奴の出番が。
「小泉千遥ちゃん入りまーす」
「よ、よろしくお願いします……っ」
「大丈夫、大丈夫、最初はこんなもんだって」
「そうか?下手したら、うちの猫の方が上手くやれるぜ?」
「こら、桐生君!」
控室で、燃え尽きて真っ白になったボクサーの如く千遥はヘコんでいた。
さっきから藤川さんが元気づけようと励ましているが、千遥は聞いているのかいないのか。
まるで魂がどこかに抜けてしまったように、畳にしゃがみ込みテーブルに頬を付けたまま微動だにしない。
「ていうか、桐生君、猫飼ってたんだね。僕も最近飼い始めてさ」
「え、そうなんすか、種類は?」
「三毛猫だよー、もう可愛くて仕方がないね。桐生くんちのは?」
「うちは、ロシアンブルー」
微動だにしなかった千遥の体がふるふる震えだしたと思ったら、突如ガタンとテーブルを叩き起き上がった。
「なんで人の一大事に楽しそうに猫の話なんてしてんのよ!」
「ごめん、ごめん。つい身近に飼っている人がいて嬉しくなっちゃってさ」
「もうトイレ行ってくる……っ!」
そう言って千遥が立ち上がった時、廊下から聞こえてきたのはある関係者の声。
「これは完全なミスキャストだなー」
「全然演技できねぇんじゃ話になんねぇよ」
「今一番売れてるアイドルだからって選ぶもんじゃねぇな」
しんと静まり返る室内。
まぁ、それだけ言われても仕方がないできであった。
関係ないとばかりに、俺は我慢せず大きな欠伸を一つ。
藤川さんは気にして、千遥の様子を伺う。
「千遥、気にするな」
藤川さんは千遥の呼び方を逐一変える。
普段は親しみやすくちゃん付けで呼んでいるが、社長など目上の人がいる時や真面目な話をしている時は呼び捨てで呼ぶ。
どうやら、深刻っぽい。
「……大丈夫です、事実ですから」
そう言って千遥は部屋を出て行った。