ハチミツみたいな恋じゃなくても。



「あのとき、朝日の前で付き合うことにしたって言ったの、蜂谷だよね?」


笑顔はそのまま、一歩またあたしに詰め寄る圭太くん。


な、なに……。
その笑顔、すっごく怖いんだけど!

縮まった距離をまた広げようと、あたしは後ずさろうとする……けど、


「人のこと利用するだけ利用しておいてさ、俺の気持ちわかったら捨てるとか、酷くない?」

「……」


パシッと腕を掴まれて、やっぱり笑顔で言われた。その表情と言葉に、血の気がサァーッと引いていく。


圭太くんが掴みどころのない、意地悪な人になっていたのは知っていた。

だけどまさかここまでとは思わなかった。


「……もしかして最初から、これが目的だったの?」

「これ?」

「あたしと付き合うこと……」


もし、ここまで仮定して行動していたのなら、圭太くんは相当な策士だ。

でも、


「ははっ、まさかー。こうなったのは、ほとんど成り行き。誰かさん、勢いで告白したり女の子泣かせたり、全く予想出来ない行動するし」

「っ……!」


ドカンと大きな石を頭に乗せられた気分。

それ絶対馬鹿にしてるよねって、睨み返そうとした、そのときだった。


「でも、そんな蜂谷を見て、余計な駆け引きしてる場合じゃないと思ったんだけど」


圭太くんは、くしゃりと苦笑する。


「蜂谷があんまり自分に正直だから、俺もひねくれてられないなーって」

「なに、それ……」


褒めてるのか貶してるのか、わからない。

だけど、その笑顔が何故だかとても優しくて……あたしは思わず目を逸らした。


だって何だか、慰められているみたい。

ただただ醜いばかりのあたしの行動を、慰めてくれているみたい。


圭太くんのくせに……。
いつもからかってばかりのくせに……。


「俺は蜂谷のことが好きだよ」


もう一度、真っ直ぐ向けられた言葉に息を飲む。


「そんなこと、言ったって……。どっちにしろ、別れてくれる気はないんでしょ? 」

「まあ、そんな簡単にはね」


付き合うことにしたと、あのとき決定打を押したのは確かにあたしで。

だから圭太くんが『まだ別れない』と言えば、利用した代償として従わなくちゃいけない。


「だったら好きとか、別に言わなくてもいいのに」

どうせ、あたしの方からは別れたり出来ないんだから。好きなんて言わずに、一方的に縛り付ければ良かったのに。

その方がずっと圭太くんらしかったのに。

そして、その方があたし自身も……。


なかなか聞こえてこない返事に、そっと顔を上げてみる。

すると、圭太くんは少し寂しそうな顔をしていた。


だけど、それは一瞬。

すぐにフッといつものように笑って、


「同じ“付き合う”でも、気持ち伝えてんのと伝えてないのとじゃ、全然意味合い違うでしょ」


そう言ってきた。そして、


「絶対、好きにさせるから」


あたしの耳元へと顔を寄せ、囁いた圭太くん。


「っ……!」

思わぬ不意打ちにあたしは顔を赤く染め、


「残念ながら好きにはならないっ!」


再び歩き始めた彼にそう叫んだ。


***



「俺のものになればいいのに」



***






……で、あたしはどうしてこんなことをしているんだろう。


部屋の隅に置いた全身鏡の前。

さっきまで身体にあてていたブラウスとスカートをその場に投げ捨てて、ベッドに腰掛けた。


圭太くんに好きだと言われて、好きにさせると宣言されて。


『とりあえず、デートしよっか』


家の前まで送ってくれた彼は、にっこりと笑顔でそう言った。


弱いところを突かれてしまったというか、自分からは別れにくい状況に陥ってしまったあたし。

圭太くんにデートしようと言われれば、義務感からイエスと返事するしかないのだけど……。


「別に服装なんかどうでもいいじゃん……」

自分自身にツッコむみたいに呟いた。


前みたいにダブルデートで石丸くんがいるならともかく、今回は圭太くんひとりだけ。

別に張り切ってオシャレする理由なんて、どこにもない。


だけど、少しだけそわそわして落ち着かないのはどうしてだろうか……。


真剣に告白されたことを瞳に相談してみれば、『イケメンなんだし、そのまま付き合っちゃえば?』と、軽く言われた。

そして、

『それとも、やっぱりあの人のこと忘れられない?』と、問いかけられた。


忘れられるか忘れられないかといえば、忘れられない。

だけど、さすがにもう諦めなくちゃとは思ってる。

彼女に、大西さんにあんな酷いことを言ってしまったんだもん。
石丸くんだって、きっと軽蔑してる。


思い出したら、きゅうっと心が狭くなった。

恥ずかしい、苦しい。
何であんなこと言ってしまったんだろうって、後悔が押し寄せる。


……こんなあたしのこと、どうして圭太くんは好きなんて言えるんだろう。


ずっと疑問に思いながら、聞けないまま数日……とうとう今日まで来てしまった。


率直に聞いてみたら、ちゃんと答えてくれるだろうか。

それとも……。


「……」

ベッドに腰掛けたまま、考え込むあたし。

隣に置いていたスマホに指が触れて、何気なしにボタンを押して、飛び上がった。


「やっばい! 時間ない!」

***


あれから、投げ捨てたブラウスに袖を通してスカートを履き、カーディガンを羽織って家を飛び出した。

髪の毛は適当に緩く、少しだけ巻いてみた。


「っ、はぁっ……」

待ち合わせの駅前。
到着してスマホで時刻を確認してみると、約束の11時になったばかり。


ええと、圭太くんは……。


別に走って来たわけじゃないけれど、6月に入って気温は上がり、少し早歩きしただけでも暑くて息が上がる。

あたしは手のひらでパタパタと顔を仰ぎながら、彼の姿を探した。


結構急いで来たけれど、まだ来てなかったらどうしよう。
いや……圭太くんだし、遅れて来そうな気がする。

無駄に急いでしまったかなと思った……そのときだった。


小さな噴水の前に、見覚えのあるシルエット。

『あっ』と気付いて近付いていけば、彼の前には同い年くらいの女子が3人いた。


「えー、だから誰? 誰を待ってるの?」

「彼女」

「嘘だー! 中村くん彼女いないって言ってたじゃん!」

「それが出来たんだよね」

聞こえてきた、会話の内容。
口調から察するに、たぶん同じ学校の女子達だろう。

……に、しても。


圭太くんって、本当にモテるんだ……。


うちの校門の前で待ちぶせしていたときも囲まれていたし、今も。

何となく容姿が良いのはわかっていたけど、まさかここまでとは思わなかった。


でも、確かに。

ボーダーのインナーに紺色のシャツ、白いクロップドパンツを履いた圭太くん。

無難な格好をしているけど、背も高いしスラっとしていて、立っている姿はファッション雑誌のモデルみたい。

今まで石丸くんばかり見ていて気付かなかったけど、実は相当カッコイイのかもしれない。


それなのに、こんなにモテるのに、今まで彼女らしい彼女を作らなかったのは、


あたしのことが好きだったから……?


……って。


「あっ、蜂谷!」

ぼんやり眺めていると、圭太くんとパチっと目が合って、ビクッと肩を震わせた。

待ちぶせされていたときと同じ。
圭太くんを囲んでいた女の子達が、一斉にこっちを向いて。

「え、彼女ってあの人?」

あたしを見た女子のひとりが、少し驚いた様子で圭太くんに問いかける。すると、

「そう」

満面の笑顔で圭太くんは頷いた。


「えー!!めっちゃ美人じゃんっ!あんな人に勝てない!」

女の子はそう声を上げると、パシッと圭太くんの胸を軽く叩いて。

「せいぜい振られないようにね」

「じゃあまた学校で」と、名残惜しそうにしつつ笑顔で手を振った。

そして、こっちに軽く会釈して歩いて行った。


てっきり睨まれたりするものだと思っていたから、あまりにあっさりした退散に拍子抜け。

すると、ポカンとして立ち尽くすあたしに近付いてきたのは、圭太くんの方で。


「さすが蜂谷はすごいなー」

「すごいって何が?」

「彼女って言うと、女子が諦めてすぐいなくなるから」

クスクスと苦笑しながらそう言われた。