「おじさん…
本当ありがとう。じゃあ頂くね。」
私たちは幸せだ。
例え親がいなくても、例え貧乏でも…。
だって、
こんな優しい人が周りにたくさんいるんだもん。
言葉で表せないほどの感謝の気持ちを込めて手を降りながら、私は八百屋を後にした。
「うわ!スイカじゃん、でけぇ。姉ちゃん、これどうしたの?」
そう言って嬉しそうにスイカを持ち上げる悠斗。
悠斗は何故か見事に赤い色をしたものが好きで、スイカもトマトも大好物なのだ。
「うわ、すげぇ!」
もちろん、双子の啓斗も。
「おじさんがくれたの。大事に食べようね。」
悠斗と啓斗は私の宝物だ。
だからバイトだって、家事だって頑張れる。
これからも頑張ろう。二人を守るために。
「今日は転校生を紹介する。」
紗千香がおじさんの知り合いからチケットを譲ってもらった日から約二ヶ月。
バイトばかりしていた夏休みが終わり、季節は夏から秋に移り変わっていた。
窓の外は青々と茂っていた緑が色付き、赤や黄色になりはじめた。
そんなある日、うちのクラスに転校生がやって来た。
「中村陸です。よろしくお願いします。」
今時珍しい瓶底メガネをかけ、レンズで小さくなった瞳を長い前髪で隠した彼は、ボソボソと聞き取りづらい声でそう言った。
「はぁー…。」
「やっぱり人生なんてこんなもんか。」
「まーお約束なパターンだよね。」
転校生が来ると知りイケメンを期待していたクラスの女子から出る、落胆の声。
本人の前でそんなこと言ったら可哀想だよ…。
と思いつつも、何も言えない私。
男子は興味なさそうに、転校生の彼を見る。
それにしてもなかなかの昭和ボーイだな。いや、もはや大正か?
冴えない髪型に、瓶底メガネ。今の若者とは思えない。
「席は…
門町の隣が空いてるよな?」
純也と反対側の隣の席。
少し前に転校した男の子の席がちょうど空いていた。
「はい。空いてます。」
「よし、じゃあ。中村は門町の隣な。」
中村くんは「はい。」と小さく答えると、私の隣の席に座った。
「それじゃあ授業始めるぞー。」
え、自己紹介とかないの?
新しいクラスメイトが増えたのに、先生ひどいなー…。
「あの、中村くん?」
先生がそのまま授業を始めたので、私は隣に座る彼に小さく声をかけた。
「私、門町 蘭。よろしくね。
わからないこととかあったら、なんでも聞いてね。」
彼はしばらく沈黙したあと、
「…ありがとう。」
囁くような小さな声でそうこたえた。
その声がなんだか分からないけど、
やけにすーっと心に入ってきた。
小さな声なのによく響く、澄んだ綺麗な声。
「綺麗…。」
思わずそう呟いた私に、中村くんは小さく首を傾げた。
「ううん、なんでもない。」
それからなんだか、やけに隣が気になってしまい。
最後まで、授業に集中できなかった。
「おーもう帰る時間か。」
4時間目が終わり、これから昼休みだというのにスクールバックを持ち立ち上がった彼に、先生はそう声をかけた。
え…帰る?
転校初日なのに、もう帰るの?
うちの学校は毎日6時間授業だ。4時間目までなんて日はもちろんない。
彼は先生に許可をとると、誰に声をかけるでもなくドアに向かって歩き出した。
すると、何故かふと立ち止まり、クルッと振り返った。
ちょうど彼を見ていた私と振り返った彼の視線は綺麗に交わり、バッチリと目があってしまった。
とは言っても彼の瞳は分厚いレンズと前髪に隠されてるから、あんまり見えないんだけど…。
でも見ていたことが彼にバレ、なんだかバツが悪くなった私は、ふいっと目をそらした。
でもその行動が逆に不自然だと気づき、なんだか頬が熱くなって来た。
な、なんだこれ…。
もう一度彼を見た時には、彼はもうドアの方に向けて歩きだしてしまっていた。
なんで振り向いたんだろう…。