でもそんな我儘なんて言えないんだ。
悠斗も啓斗も、ただ才能だけでサッカーも勉強も認められたわけじゃない。
学費を抑えるために、必死に練習したり勉強したりしてるんだ。
二人は平気な顔してるけど、本当はそうじゃないって、私は知ってる。
だから私も、必死に今を生きなきゃ。
こうして三人で暮らせるだけ幸せなんだから…ーーーー。
「…チ、まち」
ん?なんか聞こえる。
「…どまち!」
どまち…?何それ。
「おい!
門町!!」
「うぇ!?は、はい!!!」
耳にジーンと響くような叫び声でビクッと身を起こした。
「お前いい加減にしろ!授業中だぞ。」
そう言って鬼の形相でこっちを見る、担任の加藤先生。
ちなみに門町(かどまち)とは私の苗字だ。
「す、すみません…。」
今は授業中。
私はいつの間にか寝てしまっていたらしい。
…だって先生の授業つまんないんだもん。
「ほんと蘭って面白いよな。いい加減学べよ。」
休み時間。
そう言って笑う隣の席の、ヤツ。川上純也(かわかみ じゅんや)
「うるさいなー。眠いんだからしょうがないじゃん。」
純也は去年、高校入学したての頃、はじめてできた男友達だ。
今まで私に話しかけてくれる男の子なんていなかったから、凄く嬉しかった。
純也は男女問わず友達がたくさんいて、いつもクラスの中心にいる。
人見知りの私もそんな純也のおかげでクラスに馴染めている感じだ。
「お前さーなんでそんないつも眠そうなわけ?」
「え?うーん、まぁいろいろ忙しくてね。」
純也は、私が貧乏で毎日毎日バイトばかりしていることを知らない。
知っているのは…。
「らーん!」
少し高い可愛らしい声で私の名前を呼ぶ女の子。
紗千香(さちか)。小学生の時からの親友だ。
紗千香はいかにも女の子って感じのドーリーフェイスに、いつも甘ーい匂いを漂わせる。モテ子。
「蘭ちょっと一緒に来て!」
そう可愛らしい声で私を廊下に誘い出す。
すれ違う男の子はみんな彼女にメロメロだ。
そんな彼女のあだ名はなんと「ひめ」。
この文字が名前のどこにも入っていないというのに、こう呼ばれる彼女は凄すぎる…。
「どうしたの、紗千香?」
「あのね!蘭、落ち着いて聞いてね!」
いやいやあなたの方が落ち着きなさいよ。ルンルンしているのが見てるだけで伝わってくる。
「わかった。で、どうしたの?」
「あのね…ーーー」
「…………。」
「ね!凄いでしょ?」
そう言ってパチンとウインクする紗千香に、フレーズする私。
「……………。」
「ちょっとー、蘭ちゃんと聞いてた?」
「……………。」
「もしもーし。」
「……………。」
「ちょ…蘭?大丈夫?」
「う…。」
「う?」
「うっそーおぉぉぉお!!!!!」
いきなりそう叫んだ私にびっくりして目を見開く紗千香。
「ちょ!蘭うるさーい!!」
「あ、ご、ごめん…。びっくりし過ぎて…。
ねぇ、それ本当?本当なの!?」
「うん、本当本当。おじさんの知り合いがCielのコンサート譲ってくれるって!」
「え、紗千香のおじさんの知り合い、何者!?」
「なんか芸能関係の仕事してるらしいよー。」
「神だよ!神様だよ!
…夢みたい!私がCielのコンサートに行けるなんて…。」
「ふふ。きっと蘭の頑張りを神様が見てたんだね。」
「あー紗千香、本当にありがとう。何回お礼言っても足りないよ!!」
「喜んでくれて良かった。
あーあと景子も一緒に行くよ!三枚譲ってもらえるみたいだから。」
景子とは、紗千香と一緒で小学生の時からの親友だ。今年はクラスが離れちゃったけど、やっぱり私たちは三人で仲が良い。
「景子も一緒なの?最高すぎる…。涙出そう。」
あーこんな幸せな気分になったのいつぶりだろう。
幸せ過ぎて飛んで行っちゃいそう。
「よかったね、蘭。リクくんとやっと会えるね。」
紗千香はそう言って、意味あり気に微笑んだ。
紗千香と景子は全部知ってるんだ。私がリクの大ファンになった理由を…なにもかも。
「うん。やっと会える、やっと会えるよ…。」
「なんでそんな嬉しそうな顔してんの?」
席に戻るとそう言って何故か不服そうな顔している純也。
「え、そうかな。嬉しそう?」
「うん、すっげぇ嬉しそう。
何、男?」
「な、なんでそうなるの!」
「動揺してるし。」
純也はそう言うとふいっと顔を反対側の窓の方へ向けてしまった。
なんであんたが怒るのよ…。
そんな言葉が出て来そうだったが、もっと怒らせそうなのでやめておいた。