「香織さん、あっちに帰ったんだ……」
「そう。今朝、出て行ったわ」
家族全員で空港に向かうお母さんを見送った。
ぐずるひろむと、樹の後ろに隠れる恵を慰めて、小さくなる背中に手を振った。
お母さんは一度も振り返らなかった。次にその顔が見られるのはいつになるだろうか。
鈴木くんは残念ながら、仕事のため見送りに立ち会えなかったのだ。
「もっと香織さんから佐藤さんの小さい頃の話を聞きたかったのにな」
「小さい頃の話って?」
「夜、ひとりでトイレに行けなくて泣いちゃった話とか、幼稚園の運動会で走って転んで鼻血まみれになってゴールした話とか……」
私は顔を真っ赤にして洋上を飛んでいる母親に恨みの念を送った。
(いつのまに!)
「もう!お母さんったら!」
お母さんのお茶目な笑い声が今にも聞こえてきそうだった。