「家政婦と音楽スクールはお気に召したかな」


……

もしかして…


今、目の前にあらわれた人があたしが探し求めてた黒幕……


うつ向いていた目線をおそるおそる あげると…



「……なんで、ここに?」


黒のスーツを身にまとい

夜だというのにオレンジ系のサングラスをしてるが

長身のスタイル

そして溢れるオーラ


間違いなく この人は…。


「奏斗さま…」


黒幕が奏斗さまだったなんて…


奏斗さまがゆっくり あたしの胸元を指差し


「それがオレを導いた」


…え?

パーカーのファスナーを下げると

律井さんから預かったお守りが顔を出す。



「君には3ヶ月後の音楽コンクール ピアノ自由曲部門に出場し、優勝してもらいたい」



神楽木 奏斗(かぐらぎ かなと)


父親は世界的有名なジャズピアニスト


母親は世界一の交響楽団に長年籍を置く、ピアニスト。



その血筋を受け継ぎ

今 blessのメンバーとして世界中の人々を魅了している

まさにピアノの申し子



確かに この若さで 財源の豊かさに納得できる。



「どうやら、君の家庭には母親という存在が必要みたいだ」




いやいや、律井さん 若いし、お母さんじゃなくて お姉さんだし…。




「君の華麗なる大円舞曲を楽しみにしてる」


「それが あたしの自由曲…」


「かつて君がコンクールで披露した曲だ」


奏斗さまがあの会場にいた…


それで昨日、あたしにピアノはやってないのか聞いてきたの…。


「また君のショパンが聴きたい。
聴かせて欲しい」


「…無理です。
ピアノに自信がもてない。
それなのに優勝だなんて」


「君が優勝するために必要な費用なら惜しみ無く払う。
オレに要望があれば それで連絡するがいい」


と またしても あたしの胸元を指す。


このお守りには何が隠されているのか気になり、首からお守りを外し中身を確認してみると…


「…スマフォ」


「3ヶ月間、君に預ける。
オレは君のパトロンだ」


「ぱとろん…」


そんな言葉 始めて聞いた。


「日本じゃ良い意味で使われてないが、無名の音楽家や画家の財政支援者を指す」



よーするにサポーターってことかな…。





……スマフォ

中学でも高校でも持ってないの あたしぐらい。



3ヶ月だけ持っても意味がない。



今、一番欲しい物。



スマフォなんて手にしたら勉強がおろそかになってしまう。



スマフォがあれば友達と簡単に連絡とれる。



スマフォがないと友達と繋がれないなんて そんなのおかしい。



「そのスマフォ、私欲に使っちゃいますから いらないです」


奏斗さまにスマフォを差し出す。


あやうく欲望に負けそうだった。


「むしろ、そうして もらわないと困る」


「……」


「GPSで君の居場所がわかるよう肌身離さず持ち歩いてもらいたい」



ごくり


と生唾を飲み込んだ。


ずっとずっと欲しかったスマフォが今、手の中にある…。


「優勝賞金の50万は好きにするがいい」


……賞金

までつく大会。



優勝賞金で高校卒業までの2年半、スマフォ料金が支払える。


1ヶ月1万円だとしたら

30カ月で30万

さらに 残りの20万円で おばあちゃんと花音に お父さんの4人で月島ホテルでランチが出来ちゃう。





「決まったようだな」


!!!



自分でも知らないうちに手の中のスマフォを胸にあて握りしめていた。



「それでは 3ヶ月後 楽しみに待ってる」



あたしはスマフォという物欲に負けてしまった。







「律井さん、あなたは何を知ってるんですか」


律井さんの部屋となった1階の西側の部屋で荷物を整えてたところを尋ねた。


「帰ってきたときは挨拶しなくてはダメですよ」


「はい!ただいま帰りました」


「お帰りなさい。
先ほどの質問ですがお嬢さま…、琴羽ちゃんを母親のように3ヶ月間、音楽コンクールが終わるまで支えて欲しい、とただ それだけしか承っておりません。

そして勤務時間は8時までなので今の時間は休ませてくれませんか」


「…わかりました」


律井さんは何も隠してない。

聞くだけ時間のムダだった。


「琴羽ちゃんが来てくれたので こちらからのお願いが数点ありまして自転車のカギを私に預けて頂けないでしょうか」


「青い自転車のですか?」


「はい、明日からは私が花音ちゃんの送り迎えを致します」


「なんで…」


「ですから琴羽ちゃんを支えるのが私の仕事です。
琴羽ちゃんは自分のことだけに専念して下さい」


「…はい」


ジーンズのポケットにしまい込んだ 栃木のゆるキャラがついたカギを渡した。


「かわいいですね」


今まで にこりともしなかった律井さんの口元が緩む。


「そーだ、家のカギは?」


「それならば亮太さんから お預かりしております」


「そーなら問題ないんです」


そのとき律井さんが穏やかに笑った。


「まだまだ家政婦としても人間としても勉強中の私ですが青柳様宅は今までお世話をさせて頂いた家庭とは違いますね」


「今までの家庭は裕福だったから?」


「いーえ、お互いを思いやり とても暖かい家庭です」


「どこの家も こんなもんでしょ」


「見ず知らずの私に暖かい言葉を掛けて下さり、また初めて会ったにもかかわらず 信用して頂ける」


「……よく わからないです」


「その お人好しを利用され裏目に出ないことを願わずにはいられません」


「やっぱり わかんないです」


「まあ、いいです。

あと もう一点ですが家のことでわからないことがあったとき琴羽ちゃんに聞いても いいですか?」


「遠慮せず いっぱい聞いて下さい」


「それでは 琴羽ちゃんの連絡を教えて下さい」


連絡って…


手にしたばかりのスマフォを見つめる。


さっきは月夜でわからなかったけど

スマフォケース


長寿 子供番組の名物キャラクターが描かれ 超かわカッコいい。


男女問わずに持ち歩けるデザインだけど


奏斗さまがこれを購入したと考えると口元がにんまりする。





えーと


使い方がわからない。



「実は このスマフォ、さっき奏斗さまから預かって使い方がわからないんです」


真新しいスマフォを律井さんに渡して 連絡先を交換してもらった。





使ってるうちに慣れてくるかな。


そのうち使いこなせるでしょ。






「おねえちゃん、おねえちゃん」


「……なぁに」


「おきて あさごはん たべよ」


その一言で一気に目覚めた。


昨夜は勉強しながら机で眠ってしまったんだ。


しかもスマフォが気になって合間 合間にいじってて勉強に集中できなかった。


やっぱスマフォの魔力はスゴすぎ。


依存症にならないように自分をしっかり保って

スマフォに支配された生活を送らないように心がけないと。



なーんて誓ってる場合じゃない!


スマフォの時は 間もなく7時を知らせる。


「朝ごはん、そこのコンビニで買って来るね」


……あれっ


「いい匂い」


食欲をそそる香ばしい かおりがする。


「おねえさんがごはんだって」


「…わかった、すぐ行く」


3人で食事


我が家に家政婦さんがいるなんて

違和感をぬぐえない…。



おじいちゃんとおばあちゃんが送ってくれた新鮮野菜がたっぷり入った具だくさんのお味噌汁とサラダに目玉焼き


何もしなくても ごはんが食べられるなんて幸せ〜。




「「ごちそうさまでした」」


「きれいに食べてもらい作りがいがあります」


「そーだ、洗濯物」


「もう そろそろ洗濯が終わるころだわ。
洗濯が終わったら干しときますね」


「……ありがとうございます」


洗濯もして頂けるのか

バタバタしてた朝がウソのよう。



歯みがきをして学校に行こうとしたら


「お弁当、忘れちゃいやですよ」


「はい、ありがとうございます」


お弁当までも!



「それでは 行ってきます」


「行ってらっしゃいませ」



何から何まで お姫さま あつかいで夢のよう…。




世の中、そんな うまい話しがあるはずがない。


甘いワナには注意が必要。



コンクールで優勝だなんて並大抵の努力では獲得 出来ない。


でも、どーしても賞金が欲しい!