『こんこん』
4時限目の数学の授業が始まったかと思ったら
あたしの教室、1年B組のドアをノックする高い音が静かな教室に響き渡る。
「授業中、失礼します。
青柳さーん」
「はい!」
高校生活が始まって2ヶ月もたち
事務員の佐藤さんがあたしを呼びに来る理由はただ1つ…。
「わかりました!
先生、早退します!」
「…あ、はい」
もう すっかり この光景に担当教科の先生もクラスメイトたちも慣れてしまったことだろう。
帰宅する準備は お手のもの。
もしかしたらカップメンが出来るより早いかも。
「琴羽(ことは)ちゃん、今日も帰っちゃうんだね。
お昼にケーキ食べようと思って 昨日 がんばって作ってきたんだけど残念だな」
教室の入口に向かう途中、1番後ろの席に座る、まりんちゃんが優しくささやいた。
「えっ、ケーキ!
うっそー!
ホント運がないな。
食べたかったよ」
「また今度、作ってくるね」
「ありがとー。
楽しみに待ってる」
まりんちゃんは小さく手をふって
「じゃあね
ばいばい」
といつも優しく あたしを見送りしてくれる。
「ばいばい」
その小さな挨拶に あたしも小さく笑顔で返す。
職員室に寄り、クラス担当の相澤先生の机に早退届けを提出するため
事務室と途中まで一緒なので大学卒業して
すぐ、うちの事務員となった佐藤さんはお姉さん的存在で
いつも他愛のない話をしながら歩く。
「佐藤さん、いつもお世話になってます」
「いーえ。
そんなたいしたことしてないわ。
むしろ、こっちが感心しちゃうわ」
「そーかな…。
これが当たり前になってるし、あたしには ふつーのことなんです」
……そう これが あたしの運命。
お母さんとの約束を守るため
不満や疑問をもったことはない。
「相澤先生、今の時間は授業がなかったんですね」
職員室に寄ると机のパソコンに向かって小テストらしきものを作成している相澤先生がいた。
「青柳さん 今日も帰るのか…」
「はい…」
いつも仏のように穏やかな
仏の相澤先生がめずらしく眉間にシワを寄せて厳しい眼差しをしてる。
「事情はわかるんだが遅刻、早退、休みと多く
このままでは単位が取れるかどうか…」
「………」
それは自分でもわかってる。
…でも 自分1人の力ではどーすることもできない。
「今度の土日、青柳さんやあと数名で補修する予定ですので参加して下さい」
「えーー!
土曜日はいーけど、日曜日はムリです〜〜!!」
「まあ、今日のとこは考えておいてくれ、
それより急いでるんだろ?」
「そうそう!
それでは先生、さよーなら
また明日」
「はい、さようなら。
気をつけて帰りなさい」
学校近くのショッピングモールの駐輪場へと駆け込む、あたしは短距離走なら陸上部と勝負しても
なかなか良い勝負するんじゃないのかと思う。
「はぁ はぁ」
息を整える間もなく
今度は青い自転車に乗り換え、
自転車競技へと移行する。
これで水泳がはいれば立派なトライアスロンの競技だと思う。
黄金色に輝く暖かい太陽のもと
翡翠色に輝く木々たちのトンネルを
風をきって爽快に突き抜ける。
15分ぐらいで目的の場所へとたどり着く。
「こんにちは〜。
お待たせしました」
「おねぇーちゃーーん!」
あたしが迎えに行くと いつも満天の笑顔で
あたしの足にからみつく。
あたしは この瞬間に今までの苦労が報わられ
不思議な力を手に入れて
また新たにがんばれるんだ。
「今まで ちょっとダルそうにしてて熱を測ったら37℃をこえてたんです」
「わかりました。
今日は家でゆっくりさせます。
ありがとうございます」
あたしの妹の先生、
この道一筋の大ベテランの中田先生に軽く会釈をする。
「花音(かのん)、帰ろ」
「うん!」
あたしが左手を差し出すと
ぎゅっと
小さい手ながも離すまいと
握りしめてくる。
花音にピンクのヘルメットを装着させたら
いざ我が家へと自転車のペダルに力をこめる。
なぜ学校の駐輪場を利用しないのかは
もうお気づきだろうが
あたしの自転車にはチャイルドシートがついてるから。
あたしは姉であり母でもある。
15歳で4歳児の子持ちなのです。
さすがに この自転車を学校の駐輪場に停める勇気が出てこない。
「もう お昼だね。
何 食べようか?
ってゆーか ご飯食べれるの?」
…あれ 返事がない。
まあ いっか。
花音には、あたしが学校で食べる予定だったお弁当を食べさせて
あたしは家にある適当なもので
ホットケーキとかでいっか。
自転車のブレーキをゆっくりと握りしめると、小さく
『キィーー』
と自転車が泣いた。
自転車から降りてスタンドを蹴りあげようとした、あたしの視界に入ったのは
「ほら、着いたよ」
って!!
えーーー!!!
寝てたのっ!!!
危なっ!
よく落ちなかったよ。
あたしの歳より歳上の中古物件の二階建ての一軒家。
ちょっと見た目がぼろぼろになってきたけど
この家には、お母さんがいて
地方や夜に働きに行く お父さんを2人で見送ったり
またお父さんが帰って来るのを楽しみに待ってた思い出がたくさんある場所。
これからも この家と共に楽しい思い出の時を刻んでいけたら いいな。
「ねむい〜」
まだ夢心地の花音を起こして
家の中に入り
「ふぅー」
と大きなため息をついた。
「お昼食べる?」
「……」
やっぱり返事がない。
これは食事よりも睡眠だな。
すぐさま お昼寝布団セットを準備すると花音は布団の中に潜り込み
再び 眠りの中に入っていった。
制服から普段着に着替えて、昼食の準備をしようとしたら
「やだ〜 ホットケーキの粉もなかったのか〜」
すぐ出来るものは常備しとかないと…。
花音も ぐっすり休んでるし
そこのスーパーに行ってくるか。
「花音、すぐに戻るから良い子で待ってて」
眠りを妨げないように小声でささやいた。
あたしに休むという言葉はない。
毎日が慌ただしく あっという間に過ぎてゆく。
夕ご飯の焼きそばも買ったし
花音がピーマン 食べれるようになったから 色鮮やかにしちゃお。
軽い足取りで自転車のペダルをすいすいとこぎだす。
花音はまだ寝てるかな
静かに玄関のドアを開けると
「……っく
…っひく」
リビングから すすり泣きが聞こえてきた。
花音が起きたんだ!
「花音、ただいまー。
お姉ちゃん ちょっと買い物してたんだ。
寂しい思いをさせちゃったね」
「っひっく…
……ままぁ
…まま……」
その何気ない 花音の一言に
心にパンチをもらったようだった。
お母さんが死んで1年。
あたしの高校受験もあり
しばらくは父方のおばあちゃんが栃木の田舎から来てくれて、あたしたち姉妹を支えてくれた。
お父さんは前にも増して働く毎日。
お母さんの治療費に たくさんのお金を使ってしまったから。
花音は今まで ぐずることもなく わがままもしない良い子だった。
でも ずっとずっと心に中では お母さんを求めてたんだ。
やっぱり あたしは お母さんのかわりにはなれない。
お母さんとの約束…
守れそうもないよ…。
「あんだ、どーしたんだ!
きょーだい げんかでもしたんか?」
その優しい声と
懐かしい方言に あたしの心は一気に救われた。
「おばーちゃーん」
あたしは おばあちゃんの胸にしがみつく。
「琴羽、何があったんだ?」
「ううん、何でもないの。
花音は良い子で 気づかいも出来る子だもん。
ケンカなんてしないよ」
「そっけ。
ところで お昼食ったんか?」
「まだ食べてない」
「そりゃよがった。
お煮しめ 持って来たから食え」
「ありがとー」
「んで、うちのバカせがれは?」
「昨日から帰って来ないんだ」
「ったく しゃーねぇ。
音楽しかない男だしな。
よし、3人で食うべ」
お父さんはクラシックギターリストであり、作曲家。
たぶん作曲の依頼があって 締切日までに出来そうもないから帰って来ないんだと思う。
そして、お父さんは夜のバーとかで働くことが多いから あたしたちとは反対の生活を送ってて2、3日顔を見ないことだってある。
「おばあちゃん、こんなにも持って来てくれたんだ」
あたしが作る食事は簡単に出来るものばかり
こんなに、たくさんの種類のおかずが並ぶ食卓はない。
お煮しめをレンジで温めて
「いっぱい、あっから遠慮すんな」
「はーい」
「「いただきます!」」
いつも2人っきりで、3人で食卓を囲むなんて久しぶり。
それに、なかなか煮物なんて作れないから 花音がすごい 勢いで食べてる。
きゅうりの古漬けも歯ごたえがあって、おいしいし
くぅ〜!
すっっっぱい〜。
この、すっぱい梅干しがたまんない!
スーパーに売ってる甘いはちみつやかつお梅干しも良いけど
これぞ“梅干し”ってゆーのは
やっぱ、これだね。
花音は、たまたま熱が高めだっただけだね。
保育園にも事情があるだろうから
いつも念のためってことで帰されることが多い。
「ところで、琴羽は学校は?」
「…今日、保育園から連絡があって花音の熱が高めなのでお迎えに来て欲しいってことだったんだ」
「そっか。
ちっちゃいこがいっと 色々あっかんな」
……。
どうしよう。
このままじゃ
あたしの単位が危ないって相談出来ないし。
4時限目の数学の授業が始まったかと思ったら
あたしの教室、1年B組のドアをノックする高い音が静かな教室に響き渡る。
「授業中、失礼します。
青柳さーん」
「はい!」
高校生活が始まって2ヶ月もたち
事務員の佐藤さんがあたしを呼びに来る理由はただ1つ…。
「わかりました!
先生、早退します!」
「…あ、はい」
もう すっかり この光景に担当教科の先生もクラスメイトたちも慣れてしまったことだろう。
帰宅する準備は お手のもの。
もしかしたらカップメンが出来るより早いかも。
「琴羽(ことは)ちゃん、今日も帰っちゃうんだね。
お昼にケーキ食べようと思って 昨日 がんばって作ってきたんだけど残念だな」
教室の入口に向かう途中、1番後ろの席に座る、まりんちゃんが優しくささやいた。
「えっ、ケーキ!
うっそー!
ホント運がないな。
食べたかったよ」
「また今度、作ってくるね」
「ありがとー。
楽しみに待ってる」
まりんちゃんは小さく手をふって
「じゃあね
ばいばい」
といつも優しく あたしを見送りしてくれる。
「ばいばい」
その小さな挨拶に あたしも小さく笑顔で返す。
職員室に寄り、クラス担当の相澤先生の机に早退届けを提出するため
事務室と途中まで一緒なので大学卒業して
すぐ、うちの事務員となった佐藤さんはお姉さん的存在で
いつも他愛のない話をしながら歩く。
「佐藤さん、いつもお世話になってます」
「いーえ。
そんなたいしたことしてないわ。
むしろ、こっちが感心しちゃうわ」
「そーかな…。
これが当たり前になってるし、あたしには ふつーのことなんです」
……そう これが あたしの運命。
お母さんとの約束を守るため
不満や疑問をもったことはない。
「相澤先生、今の時間は授業がなかったんですね」
職員室に寄ると机のパソコンに向かって小テストらしきものを作成している相澤先生がいた。
「青柳さん 今日も帰るのか…」
「はい…」
いつも仏のように穏やかな
仏の相澤先生がめずらしく眉間にシワを寄せて厳しい眼差しをしてる。
「事情はわかるんだが遅刻、早退、休みと多く
このままでは単位が取れるかどうか…」
「………」
それは自分でもわかってる。
…でも 自分1人の力ではどーすることもできない。
「今度の土日、青柳さんやあと数名で補修する予定ですので参加して下さい」
「えーー!
土曜日はいーけど、日曜日はムリです〜〜!!」
「まあ、今日のとこは考えておいてくれ、
それより急いでるんだろ?」
「そうそう!
それでは先生、さよーなら
また明日」
「はい、さようなら。
気をつけて帰りなさい」
学校近くのショッピングモールの駐輪場へと駆け込む、あたしは短距離走なら陸上部と勝負しても
なかなか良い勝負するんじゃないのかと思う。
「はぁ はぁ」
息を整える間もなく
今度は青い自転車に乗り換え、
自転車競技へと移行する。
これで水泳がはいれば立派なトライアスロンの競技だと思う。
黄金色に輝く暖かい太陽のもと
翡翠色に輝く木々たちのトンネルを
風をきって爽快に突き抜ける。
15分ぐらいで目的の場所へとたどり着く。
「こんにちは〜。
お待たせしました」
「おねぇーちゃーーん!」
あたしが迎えに行くと いつも満天の笑顔で
あたしの足にからみつく。
あたしは この瞬間に今までの苦労が報わられ
不思議な力を手に入れて
また新たにがんばれるんだ。
「今まで ちょっとダルそうにしてて熱を測ったら37℃をこえてたんです」
「わかりました。
今日は家でゆっくりさせます。
ありがとうございます」
あたしの妹の先生、
この道一筋の大ベテランの中田先生に軽く会釈をする。
「花音(かのん)、帰ろ」
「うん!」
あたしが左手を差し出すと
ぎゅっと
小さい手ながも離すまいと
握りしめてくる。
花音にピンクのヘルメットを装着させたら
いざ我が家へと自転車のペダルに力をこめる。
なぜ学校の駐輪場を利用しないのかは
もうお気づきだろうが
あたしの自転車にはチャイルドシートがついてるから。
あたしは姉であり母でもある。
15歳で4歳児の子持ちなのです。
さすがに この自転車を学校の駐輪場に停める勇気が出てこない。
「もう お昼だね。
何 食べようか?
ってゆーか ご飯食べれるの?」
…あれ 返事がない。
まあ いっか。
花音には、あたしが学校で食べる予定だったお弁当を食べさせて
あたしは家にある適当なもので
ホットケーキとかでいっか。
自転車のブレーキをゆっくりと握りしめると、小さく
『キィーー』
と自転車が泣いた。
自転車から降りてスタンドを蹴りあげようとした、あたしの視界に入ったのは
「ほら、着いたよ」
って!!
えーーー!!!
寝てたのっ!!!
危なっ!
よく落ちなかったよ。
あたしの歳より歳上の中古物件の二階建ての一軒家。
ちょっと見た目がぼろぼろになってきたけど
この家には、お母さんがいて
地方や夜に働きに行く お父さんを2人で見送ったり
またお父さんが帰って来るのを楽しみに待ってた思い出がたくさんある場所。
これからも この家と共に楽しい思い出の時を刻んでいけたら いいな。
「ねむい〜」
まだ夢心地の花音を起こして
家の中に入り
「ふぅー」
と大きなため息をついた。
「お昼食べる?」
「……」
やっぱり返事がない。
これは食事よりも睡眠だな。
すぐさま お昼寝布団セットを準備すると花音は布団の中に潜り込み
再び 眠りの中に入っていった。
制服から普段着に着替えて、昼食の準備をしようとしたら
「やだ〜 ホットケーキの粉もなかったのか〜」
すぐ出来るものは常備しとかないと…。
花音も ぐっすり休んでるし
そこのスーパーに行ってくるか。
「花音、すぐに戻るから良い子で待ってて」
眠りを妨げないように小声でささやいた。
あたしに休むという言葉はない。
毎日が慌ただしく あっという間に過ぎてゆく。
夕ご飯の焼きそばも買ったし
花音がピーマン 食べれるようになったから 色鮮やかにしちゃお。
軽い足取りで自転車のペダルをすいすいとこぎだす。
花音はまだ寝てるかな
静かに玄関のドアを開けると
「……っく
…っひく」
リビングから すすり泣きが聞こえてきた。
花音が起きたんだ!
「花音、ただいまー。
お姉ちゃん ちょっと買い物してたんだ。
寂しい思いをさせちゃったね」
「っひっく…
……ままぁ
…まま……」
その何気ない 花音の一言に
心にパンチをもらったようだった。
お母さんが死んで1年。
あたしの高校受験もあり
しばらくは父方のおばあちゃんが栃木の田舎から来てくれて、あたしたち姉妹を支えてくれた。
お父さんは前にも増して働く毎日。
お母さんの治療費に たくさんのお金を使ってしまったから。
花音は今まで ぐずることもなく わがままもしない良い子だった。
でも ずっとずっと心に中では お母さんを求めてたんだ。
やっぱり あたしは お母さんのかわりにはなれない。
お母さんとの約束…
守れそうもないよ…。
「あんだ、どーしたんだ!
きょーだい げんかでもしたんか?」
その優しい声と
懐かしい方言に あたしの心は一気に救われた。
「おばーちゃーん」
あたしは おばあちゃんの胸にしがみつく。
「琴羽、何があったんだ?」
「ううん、何でもないの。
花音は良い子で 気づかいも出来る子だもん。
ケンカなんてしないよ」
「そっけ。
ところで お昼食ったんか?」
「まだ食べてない」
「そりゃよがった。
お煮しめ 持って来たから食え」
「ありがとー」
「んで、うちのバカせがれは?」
「昨日から帰って来ないんだ」
「ったく しゃーねぇ。
音楽しかない男だしな。
よし、3人で食うべ」
お父さんはクラシックギターリストであり、作曲家。
たぶん作曲の依頼があって 締切日までに出来そうもないから帰って来ないんだと思う。
そして、お父さんは夜のバーとかで働くことが多いから あたしたちとは反対の生活を送ってて2、3日顔を見ないことだってある。
「おばあちゃん、こんなにも持って来てくれたんだ」
あたしが作る食事は簡単に出来るものばかり
こんなに、たくさんの種類のおかずが並ぶ食卓はない。
お煮しめをレンジで温めて
「いっぱい、あっから遠慮すんな」
「はーい」
「「いただきます!」」
いつも2人っきりで、3人で食卓を囲むなんて久しぶり。
それに、なかなか煮物なんて作れないから 花音がすごい 勢いで食べてる。
きゅうりの古漬けも歯ごたえがあって、おいしいし
くぅ〜!
すっっっぱい〜。
この、すっぱい梅干しがたまんない!
スーパーに売ってる甘いはちみつやかつお梅干しも良いけど
これぞ“梅干し”ってゆーのは
やっぱ、これだね。
花音は、たまたま熱が高めだっただけだね。
保育園にも事情があるだろうから
いつも念のためってことで帰されることが多い。
「ところで、琴羽は学校は?」
「…今日、保育園から連絡があって花音の熱が高めなのでお迎えに来て欲しいってことだったんだ」
「そっか。
ちっちゃいこがいっと 色々あっかんな」
……。
どうしよう。
このままじゃ
あたしの単位が危ないって相談出来ないし。