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森永家では朝食の支度は里子の役割である。

父親の洋平は和食より洋食派だ。

格好は純和風だが、白米よりはパン、醤油よりケチャップ、と欧州系の料理を好んだ。

そうなると料理を任される里子は必然的に洋食を作るのが多くなり、得意になる。

肉じゃが、ぶり大根などの和風料理は一度も手掛けたことはない。

代わりにホワイトソースを使ったシチューや、鶏のトマト煮込みなどのイタリアン系、またエスニック料理などを得意としていた。

今朝のメニューはサンドウィッチに具沢山の野菜スープだ。

サンドウィッチは洋平の大好物である。

中でもハムとチーズ、トマトを載せ、マヨネーズとマスタードをたっぷりかけたのがお気に入りだった。

学校に持っていく里子の弁当も大半がサンドウィッチとなっていた。

洋平が起きたらいつでも食せるよう皿にラップをかけ、冷蔵庫にしまった。

彼女は籐の弁当箱にサンドウィッチを入れ、薄青色の可愛い布で包んだ。

午前八時五分。

里子は学校へ向かう。

九月も終わりを迎えたが、まだまだ残暑は厳しい。今日も天気は良かった。

学校に着くと里子は席へ坐った。

彼女の席は中央の後ろから二番目だ。教室はクラスメイトのざわめきと笑いで満ちている。

だが里子は今から授業が始めるまで海へ潜る。

太陽の光も届かない、深い深い、海の底へ。視界を防ぎ、周りの雑音を遮断する。

里子だけの世界へダイブするのだ。誰にも邪魔されたくない闇の海底。

すっ、と里子の肩に手がのる。ぬくもりのある手。

彼はいつもこう言う

「元気かい、お里」

里子はいつもこの時だけ海面に浮上する。

顔を見上げると天使の笑みを浮かべた中尾真也が立っている。

二学期も変わらない中尾の温かさ。

「お、おはよう」里子はしなびた声を発した。

たわいのない会話を二、三交わすと彼は仲間礼二の元へと足を運び、

陽気に礼二に声をかけた。彼は中尾を迷惑そうに対応している。

里子は、中尾と礼二を良いコンビだと感じていた。

傍から見ると、礼二が中尾をウザがっているだけに見えるだろう。

だが里子の目には、礼二という弟を、兄の中尾があやしているように映るのだ。