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花火大会当日。夕方の五時半に、中央図書館に待ち合わせとなっている。現在五時前、今から出発すれば十分間に合う。

森永里子は姿見でもう一度自身を確認した。彼女は浴衣を着ている。全体は薄紫に染め上げられ、金魚が泳いでいるような柄だ。

里子は、書斎で絵を描いている父親の洋平に、花火観にいきます、と告げた。洋平は、里子の浴衣姿に一瞥もくれず、あぁ、とだけ答えた。

森永邸には玄関から門構えまでの距離に、石畳が敷かれている。里子は巾着袋を片手に、門構えの横にある勝手口から外に出た。

すると、一人の女が門の前に立っていた。丁度呼び鈴を押そうとしていたのだろうか、里子の姿を確認すると呼び鈴を押そうとしていた右手を下ろした。

里子は彼女を見たことがある。見た目は三十代半ばだろうか。一年ほど前から、時々森永邸を訪れる女だ。当初父親の洋平の仕事を請負った人物だと感じたが、洋平といる時の彼女はいつも衣服を身にまとっていたため、仕事は関係ないのだと思った。

洋平から彼女の名前、何者であるかを聞かされたことは一度もない。清楚な風貌で、長い黒髪の似合う奇麗な女だ。

「お父さんはご在宅かしら?」女は里子に口端をつり上げながらいった。

里子はこくりと頷いた。すると女は「そっ」一言発し、里子に気兼ねせず呼び鈴を押した。

里子は、この正体のわからぬ不気味な女から、逃げるようにその場を去った。








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「もうすぐ頂上だから、みんな頑張れっちゅうの」

そういうと中尾は、さらに花火の見える丘までの階段を上がっていった。

花火の見える丘──中尾はこれをみやびが丘と呼んでいた。しかし丘と呼ぶには高すぎる。階段の頂上は、山の中腹辺りを示していた。山の正式名称や階段の由来などの理由は知らないようだった。

何故みやびが丘と呼ぶのだと彼に訊いたら、単純に『みやびが花火大会』の花火を丘で眺めるのだから、みやびが丘だと名付けたそうだ。三人は各々のペースで彼の後をついていった。

周りは林に囲まれている。辺りは夕日に包まれ、ひぐらしが鳴いていた。

「足大丈夫?」礼二が、彼女らに声をかけた。随分長い間、階段を上り続けているので、気遣っているのだ。