また沈黙が始まった。今度は、それが破られることは無かった。礼二が、「俺、こっちだから」と交差点で止まった。里子は、彼から手提げ鞄を渡された。

彼女は俯いている。礼二は「これから毎日手提げ鞄持ってやるよ」といった。

里子の返事を待たずに「またさ、四人で遊びに行こうぜ」いい残すと彼は自転車で走っていった。

笑顔こそ見せなかったが、礼二は好意に接してくれた。里子は別れる前、彼に一度もお礼を言えなかったことを後悔した。







11

館内の時計が四時になろうとしている。水谷 玲は文章を必死に捻りだそうとしていた。里子もイラストを懸命に描いている。

二人は絵本の制作に没入していた。玲が深い鼻息を吐きながら、椅子の背もたれに体重をあずけた。視線は天井に向けている。シャーペンを、指でくるくると器用に回しながら、物語を思案していた。

視線を落とし、里子に向けた。彼女は作画に夢中だ。ん?…玲は里子の隣りに腰掛けている男に気づいた。いつからそこにいるのだろう。彼は頬杖をつきながら本を読んでいる。ハンサムだった。

ふいに玲は彼の正体に気づくと「あれっ」声を上げた。玲は彼を知っていた。中尾真也だ。

読書中の中尾は玲の声に気づくと、やぁ、と小声で言った。彼はいつも話す時、笑顔だな──玲はふと思ってた。

玲の声で顔をあげた里子も、中尾に気づいた。「元気かい?お里」彼はにこやかに言う。

里子は彼に向かって頷いた。「中尾くん、どうしたの?」玲が訊いた。

「明後日の夜」中尾は唇を舐めた「八木町で花火大会があるんだ。それを誘いにきたんだっちゅう話」中尾は玲を見ながらいった。