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中央図書館の盆休みが明けて最初の日。灰色の雲が空全体をおおっている。

ひどく蒸し暑い中、森永里子は図書館へ向かっていた。午前九時四十分、彼女は、傾斜のある坂道に差しかかっていた。

いつもこの坂道で出逢う彼がいる。同じクラスの仲間礼二だ。彼とは一度も話をしたことは無かった。これからも話しなどすることはないだろう。そう思っていた。

しかし、どういう運命のいたずらなのだろうか、四日前、仲間礼二、中尾真也、そして幼馴染みの水谷 玲と共にプールに遊びに行ったのだ。

仲間礼二は、里子の想像通りの人間だった。知的な外見に、クールな性格。意外だったのは、中尾真也と絡みである。学校で彼は、中尾真也を避けているように見えたからだ。プールの誘いも断るだろうと、里子は予見していた。しかし、彼女の予想に反し、仲間礼二はプールに来た。

彼がプールに来た理由は、なんとなくわかっている。勘でしかないが、水谷 玲がいるからだろう。仲間礼二が彼女をみる様は、恋する少年の瞳だ。

里子は一つの結論に達していた。

彼は水谷 玲に恋している───




ブレーキ音が聞こえ、里子の横に自転車が止まった。見ると礼二が跨がっている。彼はすこし逡巡した表情を見せながら「おはよう」といった。

里子は少し驚いた。なぜなら、彼は以前まで、自分をまるで無視して、坂道を上がっていたからだ。

「お、おはよう」彼女はまごついて言った。

「荷物かせよ。籠にのせるからさ」自転車から降りた礼二は、そういうと、ほら、手を出した。里子は「えっ、あの」戸惑をみせる。

「いつも重そうに持ってるしさ。図書館に行くんだろ?近くまで載せてあげるよ」

視線をずらし、落ち着かない表情で礼二は言った。彼は彼なりに勇気を出し、優しさを示してくれているのだなと、里子は思った。

里子は、手提げ鞄を礼二に黙って渡した。やっぱりけっこう重いな、彼はそういいながら、彼女の手提げ鞄を自転車の籠に載せた。

二人は沈黙のまま歩いている。それを破ったのは里子だった。

「ぷ、プール。た、たのしかったね」

「え?あ、うん。楽しかったな」