八月五日、午前九時四十分、快晴。礼二は自転車で、息せききりながら坂道を上がっている。

今日もいた。

森永里子だ。

だがもう彼女に悩まされる心配はない。

なぜなら、一度も足を着かず坂道を克服する。その目標を先日達成したからだ。

まだ楽勝に上がれるわけではないが、自転車を押しながら、森永里子を横切るよりはマシだ。

じゃあな、森永。

デカいチェック柄の手提げ鞄を肩にかかえる彼女を尻目に、彼は背中でさよならを告げた。

塾に行く前に、礼二には寄る場所があった。

中央図書館。いた、そう呟くと彼の胸は踊った。

中央図書館の少女はいつもの場所で本に目を向けていた。礼二は彼女の横顔に見とれた。






礼二が初めて彼女を見かけたのは、忘れもしない。夏休みに入った二日目のことだ。

夏期講習のため、塾に向かっていた。

彼は昨夜、推理小説を熟読していた。

最後の犯人当てのところで頁を閉じ、犯人は誰かを考えたまま、ベッドの中で、いつの間にか眠ってしまっていた。

翌日、自転車で塾に行く間も、犯人は誰か、彼なりに様々な推理を展開させていた。

ふと気づくと、塾に曲がる交差点を大分過ぎ、国立公園の近くまで来ていた。

だが時間はまだ余裕がある、礼二は焦ることなく塾へ向かった。

だが行き過ぎたことを反省し、犯人当ては一時中断していた。

彼は中央図書館の存在に気づくと、無意識に思った。

今度図書館に推理小説でも借りに行ってみるか。彼は何気なく、ガラス壁の向こうに見える本棚に目をやった。

礼二は本棚に目を向けたつもりだった。



だが彼の瞳に映ったのは、黒髪の天使だった───