初めて彼女を見た時、漠然と思った。関わりたくない女だなと。

目元が隠れるほど垂れた前髪。常に俯いた姿勢。膝を隠すほどの長いスカート。なにより、彼女の漂う雰囲気は如何ともし難いほど、近寄り辛かった

礼二の頭の中でいじめという単語が過ぎったこともあった。だがそれは杞憂に終わる。今どきいじめなんてする奴はダサい。いじめなどというくだらないことに、時間を費やしたくない。それが生徒達の傾向だった

彼女のように地味で目立たず、口数もきわめて乏しく、全くクラスに溶け込もうとしない人間は、無視もされなければ、拒絶もされない。よそよそしい付き合いをされるだけだ。事務的な用以外、彼女に話し掛ける奴はいない。学校の閉塞した集団社会では、彼女のような存在は真っ先に淘汰される

森永里子は常に一人である。座席で俯いている。休憩時間も、昼休みも、教室で誰かと喋る姿を一度も見たことが無い。

いや───

中尾真也だけは別だ。彼は友人に隔てがない。どんな相手だろうが、気さくに話しかける。礼二も二年に進級した時、初めに喋りかけてきたのは彼だった。

「ハローれいじくん」

彼は初対面にも関わらず、礼二の名前を知っていた。礼二だけではない、クラスメイト全員のフルネームを、進級初日で知っていたのだ。

そんな彼につけられたあだ名は──

『変人王子』

変人とは、彼の言動によるものだ。澱みなく流れような喋り方はさておき、言葉尻に意味不明な単語をつけたり、意味なく突然笑い出す奇行ぶり、さらに常人には理解不能とも云える奇妙な動き

王子とは、読んで字のごとく、彼の甘いルックスのことだ。天使の輪が浮かぶ艶やかな髪質、男でもドキッとする流し目、妖艶な唇。どこかの少女漫画から飛び出したような美少年だった

礼二は、変人と呼ばれる中尾真也と一線を引いていた

例の事件以来、クラスメイト全員が彼を避けている。森永里子同様よそよそしい付き合いだ。彼と関わり合うことを避けている。中尾には親しい友人は一人もいない。だが彼は、そんなこと全く気にする様子はなかった

森永里子と中尾真也

礼二はクラスメイトの中で、この二人とだけは交流を持っていない。この平行線は、一生交わることはないと感じていた

明日から始まる夏休みまでは、確かにそう思っていた───