大学の帰り、俺は駅前の本屋へ立ち寄った。
何だかんだ文学部の俺、読書は嫌いじゃない。
俺は平積みされている新刊コーナーの前で立ち止まる。
話題の映画の原作本が、崩れそうなほど高く積まれている。
文庫本を手に取っては戻し、取っては戻し。
そうしている内に、ある写真集に目が行った。
モノクロ写真で、雄ライオンと雌ライオンがキスしている表紙だった。
何か惹きこまれるものを感じて、それをじっと見ているとある事に気がついた。
「……えっ!?」
俺は思わずバッとそれを手に取る。
“〜Heart〜 写真:井伏孝則 “
井伏……
えっ、井伏って、あの井伏?!
いやいやいや。
まさかな、と思った。
井伏なんて苗字はいくらでも……。
しかし、裏表紙を見てみるとそこには、間違いなく柄の悪い井伏の顔写真が載っていた。
帯のコメントなどを見る限り、結構有名なカメラマンみたいだ。
「マジかよ…」
「井伏さんはね、フリーカメラマンなのよ」
「へぇ…って、うわっ!びっ…くりしたぁ!ゆっ由紀子さん……?!」
気がつくと後ろに由紀子さんがいて、「よっ」と笑っていた。
そ、それより井伏がフリーカメラマンって?
「買うの?」
「いや、金ねぇし…」
「じゃあ、一緒に見る?ご飯奢るよ」
由紀子さんはそう言って俺から写真集を受け取ると、ほくほくと腕に抱えてレジへと向かった。
俺はポカンとして、もう一度、写真集の帯に目をやった。
“きみと おなじ ほしに うまれた きせき ”
表紙のライオンが、本当に幸せそうに目を細めていた。