――まずい!
アガサユキコに逃げられる!
「あ、ちょ、待って!待てって!」
見失わないように必死で追いかける。
走る、走る、走る。
とにかく走る。
俺からどこまでも逃げ続ける女。
運がいいのか、悪いのか、信号は青を表示し続け、逃走者の行く手を阻むものは何もなかった。
走っているうちに、彼女のスーツに合わせた黒いヒールが片方脱げた。
仕方なく俺はそれを拾う。
それはもちろんガラスの靴ではなかったし、俺は彼女が好きで追いかけているのではない。
ましてや、彼女にはカボチャの馬車の迎えは来ない。
「待って!」
「ついてくんなっ、バカっ!」
……とりあえず、そんなロマンチックな図ではない事は確かだった。
「ぎゃっ」
しかし、最初は勢いがあったおてんばなシンデレラも、とうとう無様にすっころんでしまった。
鞄の中身が辺りに散らばるのを俺は、スローモーションで見た。
彼女は一度は立ち上がったものの、相当疲れたのか、結局その場でへなへなとしゃがみ込んでしまった。
俺はやっと足を止めて、散乱した鞄の中身を拾い出した。
拾っているとその中に免許証を見つけた。
「あがさ、ゆきこ…」
そこには確かに、『阿笠由紀子』と書かれていた。