―――アガサユキコだ!
驚いたからか、体中に電流が走ったみたいになった。
俺は思わず興奮して、オブジェの表側へ飛び出た。
そして辺りを探る。
ほんとだ、嘘じゃないんだ。
アガサユキコは実在した!
この人じゃない、この人でもない。
心臓の音が次第に大きくなる。
どこだ?
どこにいる?
その時、急に後ろからドンッとぶつかるようにして、誰かに抱きつかれた。
一瞬、時間が切り取られる。
「井伏さん…会いたかったよ」
思わず唾を飲み込んだ。
俺は何だか奇妙な感覚に陥った。
なぜだ?なんで分かったんだ?
本当にこの香りだけで井伏だと分かったのだろうか。
正確に言えば、井伏の香りを身にまとった俺だけど。
嗅ぎ付けて、俺にたどり着いたっていうのか?
そんなばかな。
こんな人ごみで?
そんなに珍しい香りなのか?
そんなに人を引き寄せるような香りなのか?
細い腕にきつく抱きしめられ、背中に頬を押し付けられ、何ともいえない気持ちになる。
しかも、彼女は泣いているのだ。
俺はしばらく動けず固まっていたが、やっと意を決してその腕を解きに掛かった。
「あの、人違いでは……」
そう呟くと、女はバッと体を離し、俺を自分の方へ向かせた。
俺は瞬きを繰り返すしかない。
アガサユキコだと思われる女は、俺が井伏ではない事が分かると、ものすごい形相で睨んできた。
そして怯んだ俺を強く突き飛ばした。
「うわっ」
俺がかっこ悪く倒れこんで腰をさすっている間に、女は一目散に走り出した