ちくしょう。

こうなったら、それっぽい人に名前を尋ねるしかないか?

俺は意を決して、傍にいた巻き髪で白いスカートをはいた女に声をかけた。


「あの、失礼ですが、アガサさんですか?」

「…え、違いますけど……」

「あ、そうですよね。すいません…」


だめだ!

あの、あからさまな嫌な顔。


これは心が折れる。

はぁ…。


俺はなす術を失い、途方に暮れた。

心なし、風も冷たい。ひゅるり、ひゅるり。


あ。

俺はあることを思い出した。

「鯨の尻尾…」


人がわざわざ入らないような、オブジェの裏側へまわってみた。

暗くてよく見えない。


俺は、ぐんっと天に向かって、弓形に添った尻尾を見上げ目を凝らす。

そして必死で、その形の輪郭をつかもうとした。


尾ひれが水平?

普通の魚は垂直についてる…よな。

この鯨は、垂直になってるから、それが間違いだって?


…って、これは何の豆知識だよ。

ふと我にかえる。


井伏は何でいきなりあんな話をしたんだろう?

今この状況に、何の役にも立たない。


俺はまたため息をついた。


無理だ。

何をどう考えても絶対に会えっこない。

会ったとしたって分かるわけがない。


井伏は本気で俺に彼女を見つけられるとでも、思ったのだろうか。

ていうか、普通に、冷静に考えたら、

俺、からかわれたんじゃないのか…?


だとしたら、もういいだろ井伏。

早く帰らせてくれ…!




しかし、俺が完全に諦めかけて立ち上がり、帰ろうとオブジェの裏から出ようとした時、

誰かがあの名を呼んだのだ。



「……井伏さん!」