俯いていると、春陽が突然「あ!」と大きな声をあげた。

その声に驚いて顔をあげると、春陽が父の腕を引っ張って言った。


「パパ、おかあさん。先生や看護師さんに挨拶するの忘れてるんじゃない?」

「え?挨拶なら昨日私が事前に……」

あの女が戸惑ったように春陽に言葉を返す。

けれど春陽はそれに構わず父と、それからあの女の腕を引っ張った。


「でも、パパは挨拶してないでしょ?お姉ちゃん、かなりお世話になったんだから、もう一回挨拶してから帰ろうよ」

「でも、春陽ちゃん……?」

春陽に引きずられそうになって戸惑うあの女。

でも父はとても冷静で、私の顔をじっと見つめてから強引に腕を引っ張ろうとする春陽の手をそっとほどいた。

それから歩み寄ってくる、その大きな手をそっと私の肩にのせる。


「奏葉。パパ達は先生や看護師さんに挨拶をしてくるよ。奏葉はその間、少し散歩でもしてきたらどうだ?」

「散歩?」

怪訝そうに見上げると、父は私に優しく微笑みかけてから真宏を振り返った。