「奏葉ちゃんだ」
俺の視線が、拓馬の指先をすっと辿る。
そこには俺達の教室の前の廊下を一人で通り過ぎようとする奏葉の姿があった。
「一人で帰るのかな?真宏、急いで追いかけろよ。一緒に帰るチャンスだろ」
拓馬が俺に歯を見せて、楽しげににかっと笑う。
「いいよ、別に」
からかわれているのがわかった俺は、敢えて呆れた視線を拓馬に向けると、スクールバッグを持った。
「何でだよ?追いかけて一緒に帰ればいいじゃん。最近話してないんだろ?」
俺の返答が予想以上にそっけなかったためか、拓馬が不満そうな目で俺を睨む。
「真宏が行かないと、蒔田が奏葉ちゃんのこと先に見つけて連れて帰っちゃうかもよ?」
「蒔田……」
俺の眉が、不快感で微かに動く。
それを見て、拓馬がにやりと笑った。
そして、やけに嬉しそうな声で俺に指示を出す。
「真宏。追っかけろ」
「……」
俺はにやにやと笑っている拓馬を睨むと、彼に背を向けた。
拓馬にからかわれるのはムカつくけど、蒔田が奏葉と一緒にいることを考えるのはさらにムカつく。
俺は拓馬を教室に残すと、ついさっき廊下を通り過ぎていったばかりの奏葉の背中を追った。