春陽が真宏に何か言っている声が聞こえる。

たぶん、私に関する不平だと思う。

私は何も聞こえていないふりをして部屋に入ると、静かにドアを閉めた。


夜の十一時を過ぎた頃、私はそっと部屋を抜け出して玄関に降りた。

物音をたてないように家を出ると、急ぎ足で駅に向かう。

駅前のロータリーでは、蒔田がいつものようにバイクの隣で待っていた。


「こんばんは」

急いで傍に駆け寄った私に、彼のほうが先に声をかけてくれる。


「遅くなってごめんなさい。いつも早いよね」

そう言いながらスマホで時間を確かめると、蒔田がヘルメットを差し出して笑った。


「だって、こんな夜中に女の子を待たせるわけには行かないでしょ?」

蒔田の笑顔につられて、私もヘルメットを受取りながら思わず笑ってしまう。


「じゃ、行こうか?」

蒔田は私が後ろに乗ったのを確認すると、すぐにバイクを発進させた。


「今日は少し遠いよ」

蒔田の言葉に、私は彼の後ろで大きく頷いた。