小さくつぶやいた私の声は、あの女の耳にちゃんと届いたようだった。

彼女が私を見上げ、これでもかというくらい大きく目を見開く。


「え?」
  
あの女が私の言葉を確かめるように問い返す。

けれど私は、二度もその言葉を言うつもりはなかった。

聞こえなかったのならそれまでだ。

それでいい。
    
私はあの女に背を向けると、玄関のドアを開けた。

朝の太陽の光が玄関の中に差し込む。
                     
その光が玄関全体を照らそうとしたとき、あの女が慌てた声で言った。


「何がいい?夜ごはん」
              
私は口角を上げて笑うと、あの女を振り返る。


「ハンバーグ」

つぶやくようにそう言うと、あの女が今にも泣き出しそうな顔をして笑った。


「ハンバーグね、わかった。はりきって作るから楽しみにしてて」
    
私はあの女がそういい終えるのを聞くと、玄関を出た。