俺は奏葉から借りた教科書を机の上に置くと、ふぅとひとつ息をついた。


「何そのため息?」
      
それを聞いた拓馬が笑う。


「いや」

俺はさっき言葉を交わした人物の顔を思い出して、小さく頭を振った。


「何?」

拓馬が不審げな顔で俺を見上げる。
   
「拓馬、お前覚えてる?東堂 若菜」

俺がその名前を出すと、拓馬が怪訝そうな顔をする。

                
「覚えてるも何も。一年の初め頃に真宏が三ヶ月くらい付き合ってたやつだろ?」

「そう、そいつ。今さっき、そわと喋ってるときにすぐ近くにいただろ?」

「そうだっけ?」

拓馬の目が考え込むように宙を泳ぐ。


「気付かなかった?そわのすぐ後ろに化粧の濃い女が一人だろ?」

「あぁ!」

俺がそこまで言うと、拓馬はようやく理解したらしく手を叩いて頷いた。