鬼を、悪魔を、羅刹を見た。
 右腕を食い千切り、血管と骨を引き裂き筋肉が痙攣する、腹筋に牙が突き立てられ、血流が逆流し口内に鉄味が満ち排出された、螺子のように捻られ首が捥げ噛み砕かれ眼球が租借され唾液と混じり嚥下された。
 そんな、幻覚。

 ほう、殺気……いや、憎悪か。
 たったそれだけで、吾に幻影を見せられるとは。

 男は感心した。
 少女は涙に溺れていた。
 老人は、狂気の瞳で射抜いていた。
 己を除いて二つの海、そこに在る者たちを。

 何を血眼になっている、所詮戯れの一時だろう?
 貴殿の念願がどうかは知らぬが、調子を外すのが吉であろう。

 よく言う。何も知らずに首を突っ込んだだけのくせに。偉そうに囀るな。

 何も知らぬからこそ言える。
 むしろ、誰も話さぬのだから仕方がないだろう。

 ふん、元から知りたくもないくせに。

 然り。だが、聞かされれば耳は貸そう。
 理解もしてやる、同情もな。
 故に拒みはしない、こいつが、動けばな。

 ……わたし、は。
 あなた、は……?

 ああ、異なる世界に属す者同士。互いの面識はゼロに近い。
 最も、その男だけは違うか。
 過去(むかし)の少女、現在(いま)の老獪、未来(さき)の吾。
 今の何も知らぬは、お前だけだな。

 悲しそうに、
 寂しそうに、
 嘲るように男は言った。