「あっ、健一!岡崎ちゃんは?」
委員会に出ていた佳祐が、教室に戻って来た健一に声を掛けた。
「・・・・・・」
「見つからなかったの?」
美穂は、泣き出しそうな顔で健一に詰め寄った。
「いや・・・見つけたよ・・・プールの裏で」
健一は、床に視線を落とし、消えてしまいそうな声で言うと、今見てきた光景が目に浮かんでくる。
「じゃあ・・・・なんで・・・」
「黒谷が助けてた・・・」
「えっ?!」
佳祐と美穂は、目を見開いて健一の言葉を受け取った。
「じゃあ、俺帰る」
健一が、鞄を取って歩き出した時、美穂の声が誰もいない教室に響いた。
「ちょっと、おかしいと思わへん?」
健一は、美穂の言葉に「何がおかしい?」と思い、振り返った。
しかし、その疑問を口にしたのは佳祐が先だった。
「美穂、おかしいって、何がおかしいんや?」
佳祐と同じように健一も美穂に詰め寄った。
「なんで黒谷くんはプールの裏なんかに居てたん?もしかして、知ってたとか?」
美穂のとんでもない仮説に健一と佳祐は驚きを隠すことができなかった。
「えっ・・・ちょっと待って、黒谷と杉村さんがぐるになってるってこと?」
美穂の仮説に、佳祐が即座に疑問を投げかけた。
「可能性はあると思うんやけど・・・。眞中くんは、どう思う?」
―――どう思うと言われても・・・俺には・・・。
「俺には、関係ない」
健一は、そう言うと二人に背を向け、歩き出した。
「あんたそれでも男なん?杏子が好きなんやろ?そんなんで諦めるやね。結局、忘れられへん人のことを『俺が忘れさせてやる』って偉そうなこと言って、こんなことで諦めるくらい軽い気持ちやったんやね。ほんま最低!」
背中に受ける罵倒は、正論過ぎて健一には反論する余地さえなかった。
「美穂、言い過ぎ」
佳祐は、美穂を止めようとするが、健一への怒りは頂点に達しているようで、佳祐の言葉なんて受け入れる様子はなかった。
「佳祐は黙ってて!ねぇ、なんとか言ったらどうなんよ!」
美穂が噛み付いてくるのにも健一は、言い返すすべもなかった。
「・・・俺はあいつを守る資格なんてない。」
健一は肩を落とし呟くと、教室を出て行った。
そんな情けない健一の姿を見て美穂は、「眞中健一のアホ!」と言ったが、健一は自分の胸にその言葉を留めた。
―――俺だって、諦められるものなら、諦めるよ・・・。
あいつを守るって決めたのに、俺があいつを傷つけて・・・笑顔を奪って・・・もう俺が近寄ったらあかんのや・・・。情けないけど、もう見守るしかないんや・・・あいつが黒谷を選ぶなら、それはしかたないことやし・・・。
あいつは昔から俺のことが嫌いやったし・・・勝ち目なんてないんや。
健一は、決して消えることのない感情を自分の中で抑えようとしていた。
まっすぐに伸びた道の先には、黒谷と杏子の姿があり、健一を苦しめた。
二人との距離を一定に開け、健一は足元を見ながら、歩き続けた。