「岡崎さん・・・」
黒谷のジャケットを握りしめて泣いている杏子の名前を呼ぶと、杏子の体が一瞬こわばったのがわかった。
「黒谷くん?」
顔を上げた杏子は、黒谷の名前を口にし、目を丸くしていた。
―――この至近距離で目に涙を浮かべて名前を呼ばんといてくれよ。
こんな状況であるにも関わらず、黒谷は杏子のことを『かわいい』と思ってしまった。
黒谷は、無意識のうちに、杏子の頬に手を置き、顔を近づけていた。
杏子との距離が数センチに近づいたところで、我に返った。
―――これじゃ、眞中と一緒やんか・・・。
「ゴミついてるで」
そう言うと、杏子の頬から手を離した。
「立てる?」
黒谷は杏子の手を引いてゆっくりと立ち上がった。
「痛っ・・・・・・」
右手でお腹を押さえて痛みを堪える杏子を見ているのが辛かった。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」
黒谷は制服についた土をはらっている杏子を見みているといたたまれなくなり、自分の胸に抱き寄せた。
「く、黒谷くん?」
「眞中には近づかない方がいいな・・・」
初めは驚いて体に力を入れていたが、黒谷の言葉によって、杏子は静かに頷いた。
「そうやね」
「俺が、岡崎さんを守るから・・・」
「・・・ありがとう」
杏子が体を委ねてくれているのがわかったので、黒谷はしばらく抱きしめていた。
黒谷の腕の中の杏子は、か細くて強く抱きしめると折れてしまいそうだった。
杉村から嫌がらせをされ始めてから、少し痩せたような気がしていたのは気のせいではないと感じた。
「ごめん。いつまでも・・・」
いつまでもこうやって彼女を傍に置いておきたかったが、そういうわけにはいかず離れた。彼女は俯いて、「ありがとう」と静かに言った。