杏子は、片手に紙袋に入れられたケーキを持ち、祖母の家へ急いだ。
祖母の家は、杏子の家とは逆方向の電車に乗らないといけない。
10分程電車に揺られると、降りる駅に到着する。
ここで降りる同じ制服を着た子もいたが、知り合いはいなかった。駅から歩いて5分の場所に杏子の祖母の家がある。
ピンポ〜ン
「はぁい」
と高い声で出迎えてくれたのは、杏子の母のお兄さんの奥さん――つまり伯母――の麗(レイ)だった。
「こんにちは」
「杏子ちゃん、いらっしゃい。おばあちゃんが待ってるんよ」
そう言うと、
「お義母さ〜ん、杏子ちゃんが来てくれましたよ」
と大きな声で玄関から祖母の佐知子を呼んだ。
「おじゃまします」
杏子が玄関で靴を脱いでいると、後ろから佐知子の声が聞こえた。
「杏子ちゃん、いらっしゃい」
リビングのドアから顔を覗かせる佐知子は、久し振りに会う杏子との対面に喜んでいた。
「おばあちゃん、どう?」
杏子は、くるりとその場で回って、佐知子に制服姿を見せた。
入学式に制服姿を見せに来ようと思っていたが、来ることができなかったので、制服姿を見せるのは今日が初めてだった。
「よく似合ってるよ」
「ありがとう」
二人が玄関で話していると麗が、「紅茶を入れるから、こっちに入ってね」とリビングへ来るように呼んだ。
「麗ちゃん、ありがとう」
佐知子は、麗の方を向き、嬉しそうに礼を言った。
佐知子は、息子の嫁である麗のことを『麗ちゃん』と呼ぶ。
いつもみんなに気遣いをしてくれる麗をとても信頼している。
杏子の母の雅子は、『おばあちゃんは実の娘より、お嫁さんの方が大事やからね』と拗ねていることもある。
そんな雅子も、麗とは高校の同級生で友達ということもあって、関係は良好である。そして麗自身も同居していながら、嫌味の一つも言われず、いつも自分の味方になってくれる佐知子のことを実の母親のように慕っていた。