あの日から、健一とは話もせず、何の解決もないまま、数日が経っていた。美穂は、委員会があるので杏子はひとりで学校を後にした。


陽射しが強くなってきた5月の空の下とは対称的に、とぼとぼという表現がしっくりくるような歩き方で駅へ向かっていた。


―――はぁ・・・なんかだるいな・・・。


健一との出来事以来、あまり気が晴れることのない杏子は、気持ちだけでなく体もだるさを感じていた。


―――五月病かもな・・・。


新生活が始まり、馴れていない中でいろんなことが起こりすぎて、疲れているのだと自分で解釈していた。


「岡崎さん」


不意に名前を呼ばれたので驚き、杏子は声のする方を向いた。振り返るとそこには、笑顔の黒谷が立っていた。


「一人?江坂さんは?」


「委員会があるから・・・」


「そっかぁ、じゃあ、一緒に帰っていいかな?」


そう言うと、黒谷は杏子が顔を見上げなくてはいけないくらい近くに来ていた。


「どうしたん?今日は元気ないけど、なんかあった?」


何も答えない杏子を心配するように黒谷は聞いた。


「う、うん。何でもないよ。帰ろう」


杏子は、作り笑いをして黒谷を心配させないようにした。


「岡崎さんって、甘いもの好き?」


「うん」


「じゃあ、ちょっと寄り道して行けへん?」


黒谷からこんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったので、杏子は少し驚いた。


「あっ、ちょっと用事があって・・・」


別に避けているわけではなかった。杏子は、帰りに祖母の家に寄ってくるように言われていたのだ。



「そっかぁ・・・15分くらいなら大丈夫?」


「うん。それくらいなら」


遠慮がちに聞いてきた黒谷の誘いを杏子は断ることができなかった。


「実はさ、姉貴にケーキ買ってくるように言われてるんやけど、俺甘いもの苦手やから、何を選んでいいのかわからんから、一緒に見てもらってもいいかな?」


「うん。いいよ」


―――ケーキか。確かに黒谷くんは、甘いものが苦手そう。ブラックコーヒーを澄まして飲んでるのが似合う感じ。