「危ない!」
健一は、咄嗟に杏子を抱きしめ、自転車を避けたため、杏子も自転車のおじさんも怪我することなく済んだ。
「急に動き出したら危ないで」
静かに言い聞かせるように言う健一の声が、杏子をおとなしくさせた。
「ありがとう」
杏子は、健一の顔を見て、恥ずかしそうに言った。
―――うわっ、あかんって・・・。
健一は、杏子の上目遣いで可愛く言う姿に自分の鼓動が早くなるのがわかった。
健一は抱きしめている腕を緩めて、杏子の顔を見た。
そこには、さっきまで自分の胸に顔をうずめていた、恥ずかしそうな顔があった。
健一は、無意識のうち杏子に顔を近づけて、杏子の唇に自分の唇を重ねていた。
自分がしてしまったことに気づいたときには、時すでに遅し。
杏子は健一の胸を突き、歯を食いしばり、「最低!」とだけ言い捨てて、走り去った。
投げ付けられた言葉で我に返り、自分がしてしまった行為に愕然とした。
―――何してるんやろう・・・。もうこれは、許してもらわれへんし。
もう追い掛けることもできなくなった健一の足は、どこへ向かうでもなく、その場に立ち尽くしていた。