杏子たちは、担任に連れられて、1年5組の教室へ向かっていた。
1年生の教室のある3階の廊下からは、周りの景色がよく見え、4月の暖かい風と共に、桜の花びらが飛んでいた。
―――ここで3年間過ごすんやなぁ。
今歩いている廊下、これから使う教室、机、椅子などは、これまでたくさんの生徒を見てきて古びているが、そんな物でも杏子の目には新鮮に映った。
教室に入りそれぞれが黒板に貼られた座席表を確認すると、自分の席に座った。
席順は、出席番号順なので、杏子は美穂の後ろだった。
杏子は、1番後ろの席に座り、教室全体を見渡していた。
初めて座る席に安心感を得ている時、前では担任が何かを話し始めていた。
黒板には、『古野 幸江』という文字。
古野は、40代の英語教師。
見た目は若く、30代半ば位にしか見えない。
20代の時に結婚し、二人の中学生の母親であるがそうは見えない。
この学校に赴任してきて5年になる。
気さくな性格上、生徒からの人気も高い。
一方、控え目にドアの前に立っているのは、副担任で国語担当の瀧本。
30代そこそこの男性教師。
色が白く、小太りで、フレームのない眼鏡に、真っ黒な髪は整えられている。
残念ながら生徒から人気があるタイプではない。
先生の紹介が終わり、クラス全員の自己紹介が始まった。
「とりあえず、名前と出身中学と趣味とか、自己PRとかしてもらおうかな。じゃあ、青木くんからね」
古野が張り切って出席番号1番の青木に声を掛けた。
―――何を話そう。こういうの苦手なんよなぁ。
順番が回ってくるまでは少しの時間があったが、結局杏子の考えはまとまらなかった。
「岡崎杏子です。泉水中学校出身です。中学の時は、バドミントン部でした。よろしくお願いします」
たどたどしい自己紹介を終え、軽く深呼吸をした。