「杏子」


一度呼んでみたかった呼び方で呼ぶと、杏子は勢いよく顔を上げ、優しい笑顔を向けてた。


そして、怪我をしていない右手だけを伸ばして、健一は杏子を引き寄せようとしたが、

「あかん」

という杏子の声で力無く布団の上に落ちてしまった。


「せっかくの雰囲気を壊すな・・・えっ・・・」


健一の言葉を遮るように、杏子は俺に抱きついてきた。


突然の出来事に、健一は心の準備ができておらず、激しく鼓動し始めた。


「お前なぁ・・・」


その動揺を悟られまいと、振る舞ったが、それは杏子の言葉によって、容易に打ち砕かれた。 


「今度は私が守ってあげるから」


―――なんてことを言うんや・・・。かわいすぎるやん・・・。


「なぁ、顔を見せて」


「恥ずかしいから嫌」


健一の首に腕を回し、抱き着いている杏子の頭は激しく横に振られていた。


嫌と言われたら見たくなるのが、男の性。



「顔を見せないと、ここで襲うぞ!」


「えっ!」


驚くようにして健一から離れた杏子は目を丸くしていて、そんな表情を見ているだけでも幸せだった。