「お前、物凄い変なこと考えてない?」


「えっ?そんなわけないやん!」


杏子は、自分の頭の中を見透かされたようで、驚きを隠し切れなかった。


「今、大丈夫ですか?」


目の前の優しそうな女性は、健一のベッドに近づき、心配そうに声を掛けた。



「はい、大丈夫ですよ」


健一は穏やかな笑顔でその女性に答えた。


「すみません。さきほどは助けていただきありがとうございます。亮もお兄ちゃんにお礼をいいなさい」


「ありがとう。お兄ちゃん」


亮と呼ばれた男の子も健一に向かってお礼を言った。


―――いったいどういうこと?


「すみません・・・私、事情を知らなくて・・・」


「あっ・・・ごめんなさい。彼女さんかしら?ほんとに怪我をさせてしまって申し訳ないです。

実は、うちの子が車道に飛び出して、車にひかれそうになったところを眞中さんに助けていただいたんです」


―――へぇ、いいところあるやん。


「でも、この子を抱いて歩道に倒れ込んだ時に、たまたま来た自転車にひかれてしまったんです・・・」


―――なんてマヌケな・・・って言ったらあかんよな・・・。


「それでこの状態。頭も打ってるかもしれないから、念のため明日もう少し詳しく検査するんやって」


「そうなんや・・・」


「本当にごめんなさいね」


お母さんは、本当に申し訳なさそうに頭を下げていた。


「気にしないでください」


母親に余計な心配をさせないように、笑顔で話している健一の姿が印象的だった。


「お礼といってはなんですが・・・」


手に持っているフルーツの盛り合わせの籠を杏子の方に差し出した。


「いや・・・こんなの受け取れないですよ・・・ね?」


杏子は、そう言いながら、健一の方に目をやると、少し困った顔をしていた。


「あと、治療費もこちらで負担させていただくんで・・・」


子供の命の恩人という気持ちが大きい母親は、精一杯の償いをしようとしていた。


「自転車にぶつかったのは、俺の不注意ですから・・・」


「いえ・・・それじゃ私たちの気が済まないです。本当は主人も一緒に連れて来てお詫びをしなくてはいけないところなんですが、出張中で・・・」


「本当に、いいですよ・・・。このお陰で彼女とも仲直りできたんで・・・」


「でも・・・」


「じゃあ、このフルーツが治療費の代わりってことでいいですよ。

あとは、亮くんがもう飛び出さないって約束してくれること」


「すみません」


母親は涙ぐみながら、頭を下げる姿を見て、杏子はもらい泣きをしそうになった。


「では、失礼します」


「お兄ちゃんバイバイ」


母親は、もう一度深く頭を下げた。


「バイバイ。もう飛び出すなよ」


「うん!」


亮くんがそう返事すると、二人は病室を出て行った。