隆博が運転する車は、すっかり暗くなった道を走り続けた。


杏子は、Tシャツの胸の辺りを握りしめて、出てくる涙を我慢しようとしていたが、閾値を越えてしまった涙は、とめどなく出ては、ハンカチを濡らした。


杏子と健一を繋いでいたハンカチは、すでに絞ることができるくらいの水分が含まれていた。


もうそんなに遠くない場所まで近づいているのにもかかわらず、杏子は時間が止まったように、進んでいないような感覚に陥っていた。



「杏子、着いたぞ!」


「あっ、うん」


勢いよく車から降りると、病院の中へ急いだ。


もつれそうな足元で必死に走り受付まで行き健一の居場所を聞くと、再び走り始めた。


病院の中は、時間外ということもあって、薄暗く人もほとんどいなかった。


これまでで1番早く走りたいのに、足が思うように動かず、もどかしかった。



―――なんで?足が動かへん・・・

もっと早く走りたいのに・・・

早く会いたいのに・・・。



そして、杏子はどうやってたどり着いたかもわからないくらい夢中で走り、ようやく『眞中健一』と書かれた病室の前に立つことができた。



―――はぁ・・・ここなんや・・・。



病室のドアに手を掛けると、目を閉じて、深呼吸をした。


浮かんでくるのは、『なに泣いてるねん』と言いながら笑う健一の姿・・・。


―――お願いやから・・・笑っていて・・・いつものみたいに・・・



杏子は、なかなかドアを開けることができなかった。

―――怖い・・・。


ドアを開けて確かめるのが・・・事実を知るのが怖くて・・・。


杏子は、ゆっくりとドアを開けて、静まり返った真っ白な病室に足を踏み入れ、ベッドに近づいた。


全く乱れていない真っ白な布団の中に横になっているのは、健一だったが、身動き一つしない状況に、杏子の体は震え出した。


―――ち、ちょっと、じょ、冗談やろ?

な、なんで動かへんの?

なんで?

嘘やろ?

あんたが死ぬなんて・・・冗談でしょ?