「私、足を洗って来るね」
「危ないからついて行くよ」
「ありがとう」
誰もいないといえども、暗くなりつつある場所で、杏子一人にするわけにはいかず隆博はついて行った。
「隆博くん、かばんの中からタオル出してくれる?」
足を洗い終えた杏子がベンチに足を投げ出して座り、隆博にお願いした。
「あぁ」
杏子のかばんを開け、タオルを探そうとするが、それだけで隆博はなぜかドキドキしていた。
「これでいい?」
取り出したタオルを見て頷くと、杏子は手を伸ばしたが、隆博はわざと届かないようにした。
「隆博くん、届けへん!」
「拭いてやるよ」
「いいよ・・・恥ずかしいし・・・」
ー――『恥ずかしがってる杏子もかわいいよ・・・』
なんて言ったら、引かれるやろうなぁ・・・。
『拭いてやるよ』って言った時点で十分引いてるかな?
そう思いながらも、隆博は杏子の足を手に取った。
「隆博くん、くすぐったいし・・・あはは・・・やめてよ・・・あかんって・・・」
足をばたつかせて笑い転げる杏子の姿を見て、隆博はもっといじめたいと思ってしまった。
「杏子、じっとしてないと、拭かれへんから・・・」
「で、でも・・・くすぐったいから・・・あぁ・・・あかんって・・・」
そんな声を聞いていたら、自分がいけないことをしている感覚に陥ってしまい、隆博は一種の興奮を得てしまった。
―――やばっ・・・理性が持たん。
隆博は杏子の足から手を離し、立ち上がった。
「行くぞ」
「ちょっと待ってよ〜」
隆博は、杏子が後ろからついてくる気配を確認して、歩き出した。
隣に並んだ杏子は、隆博から鞄を受け取ろうとしたが隆博は鞄を反対の手に持ち替えて、杏子の手を握った。
「こうやって手繋ぐの久しぶりやな?」
「そうやね。小さい頃はよく、隆博くんに手を繋いでもらってたなぁ」
嬉しそうに笑う杏子の姿に、胸の高鳴りはおさまることを忘れていた。
―――このまま、もう少しこのまま恋人気分でいさせてくれよ・・・。
しっかりと杏子の手を握りしめて、車へと向かった。
「楽しかった〜。隆博くんありがとうね」
「僕も楽しかったよ」
車をしばらく走らせると、見馴れた景色が見えて来て、つかの間の恋人気分もそろそろ終わりだと実感させられる。
隆博が寂しい気分に浸っていたら、杏子の携帯が鳴り出した。
「おばさんからじゃないか?遅いから」
「かもしれないね」
暗くなりつつある車内に、携帯のディスプレイのライトが光る。
「やっぱりそう?」
「ううん。美穂・・・友達から」
「遠慮しないで出ていいよ」
杏子は、遠慮しながら電話に出た。