ホームルームも終わり、いつものように4人で帰ろうと、校門に向かって歩いている時、突然呼び掛けられた声に4人は驚いた。
「杏子!」
健一の方を向いていた杏子の顔が一瞬にして変わった。
目の前にいるのは、柔らかそうな短い髪が夏の太陽によって明るく見え、背も高く、細身っ引き締まっており、目鼻立ちもはっきりし、モデルと言っても通じそうな男だった。
「・・・くん!」
男の方を向いて杏子が呼んだ名前は、健一にはよく聞こえなかったが、親しげに呼んでいることはわかった。
杏子は、健一と目を合わすこともなく、男の元へ走って行った。
健一は、その光景を信じることができず、立ち尽くし身動きでなかった。
男は、健一に目をやるとすぐに次の行動にうつした。
「杏子、会いたかったよ」
そう言うと、男は杏子を恥ずかしげもなく抱き寄せた。
―――なんや?あの男・・・。
しかも突然、抱きしめられてたにも関わらず、抵抗することのない杏子に健一は苛立ちを隠せなかった。
杏子は、健一に背を向けていたので、表情まではわからなかったが、予測できる表情に健一は苦笑いを零した。
―――なにあれ・・・。誰なんや!その男は!しかも『杏子』って、呼んでるし。
目の前の信じがたい状況が健一の頭の中をグルグルと回り続け、苛立ちをはピークに達していた。
健一のそんな様子も知らずに2人は話を続けていた。
その姿は、久し振りに会った『恋人』のようだった。
「いつ帰って来たん?」
「昨日の夜。今日さ、終業式って聞いて、杏子を驚かせようとして来た」
「相変わらずやね」
蝉の鳴き声や生徒たちの声で騒がしいはずなのに、数メートル先にいる二人の会話だけは、しっかりと健一の耳に入って来た。
「杏子、今日はうちに来るやんな?」
―――はぁ?あいつの家にまで行くような関係なわけ?なぁ、行かへんよな?
「うん」
杏子の返事に、健一は暗闇に引き込まれるような感覚に陥った。
―――だからか・・・俺に告白しないはずやんな・・・男がいるんやもんな・・・。
健一は、ため息を一つつくと目を見開き、佳祐たちに「行くぞ」と声を掛けると、杏子の方へ歩き出した。
健一が近づいてくるのに気づいた男は、睨んだかと思ったら、優しい視線を杏子に向けて
「友達と一緒に帰るんやった?」
と言った。
健一達の気配に気づいた杏子は振り返ったが、健一が恐ろしい顔をしていたので、目を見開き絶句した。
「俺らは帰るから、岡崎さんはこの人と帰ったら?」
杏子を突き放すように、健一は冷たく言い放った。杏子の顔も見ずに。