「あの・・・私ね・・・あんたが、他の子と楽しそうに話してるのを見ると・・・
すごくイライラしてきて・・・
ここ何日かは、八つ当たりばかりしてしまって・・・
ほんとにごめんなさい。
それで、やっぱりこのままじゃあかんと思って・・・
あんたの周りに集まってくる子たちみたいに・・・
素直で、女の子っぽい方が・・・
・いいんやろうなぁって思って・・・
私も、素直になろうと思ったんやけど・・・
素直になろうと思えば思うほど、緊張してきて・・・
なんか・・・何にも言えなくなって・・・。
あんな風になってしまったんよ・・・」
ゆっくりと健一の顔を見ようと顔を上げると、彼は左手を腰にあて、右手で口元を押さえて、横を向き、杏子から視線を逸らしていた。
その顔は真っ赤で、笑いを堪えているようだった。
―――やっぱり、笑うやろ・・・。
杏子は、正直に話したのを少し後悔していた。
―――絶対にからかわれるし・・・。言わんかったらよかった・・・。
何も言わずにいる健一への言葉を探していた。
「ねぇ・・・」
体育委員会が始まるので、早く行こうと言おうとした時に、杏子の言葉を遮るように健一が沈黙を破った。
「やばっ・・・めっちゃ嬉しい」
「えっ?」
まだ視線を逸らしたままの健一の顔を見上げるしかできなかった。
―――嬉しい?今そう言ったよね?
健一は、両手を壁について、杏子を囲むようにすると俯いた。
―――な、何?
杏子は、今の状況に動揺しすぎて、動くことさえできなかった。
「ちょっと待って・・・ニヤけてやばいから・・・」
「えっ?」
「嬉しすぎて、笑いが堪えられへんの!」
そう言いながら上げ顔は、満面の笑みで、杏子もつられて笑ってしまった。
「お前、笑うなんて失礼な!」
言葉は怒っていても、顔は笑顔のままで、全く説得力がなかった。
「ごめんなさい」
杏子も笑いを堪えながら謝ると、一瞬にして二人の間の距離が元に戻った。
「そうやっていつも素直でいたらいいのにな・・・」
壁に両手をついたまま、真剣な眼差しで静かに言う健一を睨んだ。
「そんな顔するな。キスしたくなる」
「えっ!ちょっと・・・」
近づいてくる健一から逃げようとしたが、まだ動くことができなかった。
―――で、でも・・・。あかんって・・・。
「委員会行かないと・・・ね?」
「そんなん知らん」
健一の顔は真剣で、その瞳に捕らえられてしまった。
―――このままキスしてしまうん?ち、ちょっと待ってよ・・・心の準備が・・・。
覚悟ができないまま、顔が5cmくらいのところまで来た時、健一がフッと笑った。
「冗談」
その言葉に杏子の体中の力が抜けた。
「・・・・・・」
「やっぱり、付き合うまで我慢する」
健一は杏子から離れながら笑顔で言った。
「・・・・・・」
「だから、早く告白しろよな」
そう言うと、背を向けて歩き出した。
健一のニヤけた顔を思い出して、杏子も笑顔になっていた。
「ちょっと待ってよ〜!」
「急ぐぞ!」
二人は、元に戻った距離を保ちながら、廊下を走った。