健一は、杏子を人気のない校舎裏に連れてきた。
「もう泣くな」
いつまでも泣いている杏子の頭を優しく撫でると、ヒックヒックと呼吸を整えながら泣きやもうとしていた。
「何を言われた?」
健一は、できるだけ話しやすいように、優しく聞いた。
―――どうせ俺のことを言われたんだろ?全部吐き出せよ。
「・・・・・・」
なかなか話し出さない杏子に「俺なら大丈夫だから」と付け足した。
「あんたと・・・付き合うのやめた方がいいって言われた・・・」
杏子はまだ整っていない呼吸のまま答えてくれた。
「俺と付き合うなって言われて泣いてくれてんの?」
―――もし、そうなら俺は嬉しいけどな。
「ち、違う・・・・・・中学の時に付き合ってた子を妊娠させて、おろさせたって・・・。
それに、教師を半殺しにしたって・・・みんな言ってるよ。って・・・」
慌てて否定したのには少しショックだったが、
杏子が悔しそうに自分に関する噂を口にする姿を見て、
信じてくれていると確信できたから、健一はそれだけで良かった。
「私、腹が立って・・・みんなそんな嘘を信じて・・・」
泣き止みかけていたのに、感情がこみ上げてきたのか、また涙を流し始めた。
しばらくしても泣き止まない杏子に健一の悪知恵が働いた。
―――これで泣き止むだろう。
「そんなに泣くほど、その男が好きなんかよ」
健一の言葉に、即座に顔を上げた杏子は、目を丸くしていた。
その目には涙は消えていたが、真っ赤だった。
健一は、何も答えは求めていなかった。
杏子が泣き止んでくれたらそれでよかった。
でも、目の前の杏子は、そうではなかった。
杏子は、深呼吸をし、お腹の辺りのブラウスを握りしめて、目を閉じていた。
まるで何かの覚悟をするように。
「わ、私・・・」
「ん?」
―――えっ、言うのか?今、答えを出すのか?
杏子はなかなか言葉がでないのか何度か「私・・・」と言いかけては、その先が出なかった。
そして、ようやく決心がついたのか、健一の顔を見上げた瞬間、チャイムが鳴った。
「タイムオーバー」
健一が杏子の言葉を遮った。
杏子は目を閉じ、肩からは力が抜けていた。
「もっと、すんなり言えんかな?」
笑いながら言う健一を杏子は睨んだ。「意地悪!」とでも言うように。
「でも、嬉しかったよ。助けてくれてありがとう」
そう言うと、健一は深く頭を下げた。
「・・・・・・」
健一が顔を上げると、杏子はまた泣き出しそうな表情をしていたので、
「さぁ、行くか!本鈴鳴るぞ!教室までダッシュやぞ!」
と、健一は足を一歩先に進めた。
「ちょっと待ってよ!」
後から追いかけていく杏子には、笑顔が戻っていた。
そして、教室に戻ると、これまでと変わらない光景が迎えてくれた。
二人は教室に入ったらまたコソコソと何かを言われるのかと思っていたので、拍子抜けした。健一は、に戻ると佳祐に尋ねた。
「佳祐、お前どうやって・・・」
「秘密。なんか知らんけど、杉村も手伝ってくれたから、お礼言っておけよ」
「・・・あぁ」
「で、うまくいった?」
佳祐は、ニヤニヤしながら健一に聞いた。
「いいところやったんやけどな・・・」
「簡単に言えば、失敗ってことか」
苦笑いする健一に佳祐は、妙に嬉しそうにしていた。
「笑ってるけど、あれから今日で1ヶ月やぞ?」
「まじで?あぁ・・・残念」
杏子が健一に1ヶ月以内に告白すると予想した佳祐は、予想的中とはいかなかった。