「・・・あんたさ、私に『忘れさせてやる』って言ったやん。あれは嘘?」


「嘘じゃないけどさ・・・相手は自分やし・・・」


「それでも一緒。今の自分に惚れさせたらいいんやから」


杏子は、自信のなさ気な健一に言った。


「・・・・・・」



杏子は、何かを考えている健一の横顔をしばらくみていた。


健一は、大きく息を吐いたり、空を見上げたりして落ち着かない様子だった。


「じゃあ、覚悟しておけよ!」


突然、顔だけを向けた健一は、いたずらっ子のような表情をしていた。その表情が自然で、杏子にも笑が零れた。


「望むところよ!」


「はははっ、今から喧嘩でもするみたいやな」


「ほんまやね」


「あっ、チャイム」


「5限目、さぼってしまったね」


「まぁ、いいんじゃね?」



向かい合うと、今までの距離を縮めるように笑い合った。屋上から下りる階段の途中で、思い出したかのように健一を呼び止めた。


「ガッくん?」


少し前を歩く健一は、まだ『ガッくん』と呼んでいる杏子に対して、照れ臭そうに振り返った。


「お前、まだその呼び方する気?」


「あかんの?それよりさ、あのハンカチ・・・」


「ハンカチ?」


「うん。保健室で私が握ってたハンカチ・・・あれって卒業式の日に私がガッくんに渡したやつでしょ?」


「あぁ・・・そうやったかな」


―――忘れてるのかな?


そう思ったが、健一がニヤニヤ笑っているのを見て、覚えていることを確信した。


「あとで返すね」


「いや・・・あれはお前のやし」


「・・・そっかぁ」


―――そうやね・・・元々私のやからね・・・。


いろいろな真実が明らかになり、杏子の心は軽くなった。


心なしか、前を歩く彼が階段を降りる足取りも軽いように感じた。