化学実験室には、黒板には、「球技大会」とお世辞にもきれいとは言えない文字で書かれていた。
席は、クラスごとに座らなくてはいけないので、健一と杏子は隣同士に座った。
その状態に、周りから鋭い視線を集めていることに二人は気づいていた。
―――これ、どうにかならんものなのか・・・。
杏子が明らかに嫌がっているのがわかっていたので、健一は話しかけなかった。
しかし、頭の中で呟いた言葉が口に出ていたと気づいた時には遅かった。
「球技大会なんてあるんや・・・めんどくせぇ」
―――しまった・・・声に出してしまった。でも、無視されるよな・・・。
「そうやね」
健一がポツリと発した言葉に対して、杏子が反応をしてくれた。
思いがけない杏子の反応に、健一は驚くと同時に、少し嬉しくて表情に出ないようにこらえていた。
―――こんな些細なことで嬉しいとか、どうにかしてるな。
一方で、健一の言葉に応えるつもりがなかった杏子はため息をついていた。
その時、体育委員会の担当の中西がやってきたので、そちらの方に視線をやった。
委員会の内容は、『球技大会の種目をクラスで話し合って決めてくるように。』という内容だけだったので、すぐに終わった。
「眞中くん、一緒に帰らへん?」
―――ここでも囲まれるのか。
健一は、ここでもいつもと同じように女子に囲まれる状況に憂鬱な気分に陥っていた。
近づく女子がいると同時に、離れる杏子を見た瞬間、ある案が浮かんだ。
「すみません。俺、岡崎さんと古野先生に呼ばれてるんで、失礼します」
そう言うと、杏子の腕を掴み、走って実験室を出た。
杏子は、わけがわからないまま健一に手を引かれて廊下を走っていた。
「ち、ちょっと!」
しばらく走っていると、杏子は思いきり手を振りほどき、何も言わずに反対方向に走っていった。
―――また怒らせてしまった。
健一は、大きくため息をつき、杏子後を追った。