――現実逃避――
無意識のうちに学校へ行くのをためらっていた。
杉村から受ける嫌がらせも、やはり精神的ダメージが半端ではない。
守ってくれると言ってくれた健一でさえ、杏子のためにと距離を置くと言った。
そして、この持ち主のわからないハンカチがここにある意味を考えると、今まで想ってきた彼に間接的にフラれたみたいで、杏子の心はずたずたに切り裂かれていた。
それでも、家に戻る勇気やサボってどこかに行く勇気もなかった。
そんな何にもできない自分に嫌気がさしていた。
走れば間に合った電車にも乗らずに、ゆっくりと駅の階段を上る。通学時間のピークは過ぎたらしく、ホームに人は疎らだった。
電車に乗ると、心配してくれている美穂からのメールが来た。
【まだ調子悪いの?大丈夫?】
携帯をすぐに閉じて、電車から見える景色をぼんやりと眺めていた。
―――このまま電車で、あの空まで飛んで行けたらいいのに・・・。
そんなことまで浮かぶくらい、杏子の精神状態はまいっていた。
電車はそんな杏子の気持ちなんてお構いなしに、降りる駅に着いた。
―――完全に遅刻やし。
時計を見ると、すでに9時を過ぎていた。
つい30分くらい前にはたくさんの学生が行き交っていたはずの道は、昨夜降った雨で水溜まりができていて、今は杏子だけが歩いている。
静まり返った学校。パタパタと杏子の足音だけが廊下で響いている。
梅雨独特の蒸し返っているから、教室の窓が開けられていて、他のクラスの生徒が、杏子の姿を見ていた。
教室のドアの前に立ち、深呼吸をしドアに手をかけた。
ドアは、いつものようにガラガラと鈍い音とともに開けられた。
クラスのほぼ全員が杏子の方を向いた・・・ほぼ全員・・・健一を除いて。
大勢の中で健一だけが自分の方を向いていなかったとわかったのは・・・杏子が健一を見ていたから。
―――何を期待してるんやろう・・・。
健一の想いに応えられないのに、自分のことを見て欲しいなんて、なんて自分勝手なんだろうと、自分の思いを胸に閉じ込めた。