「杏子、調子はどう?」


次の日の朝、1階に降りると、杏子を雅子の優しい声が迎えてくれた。


「うん。大丈夫。今日は学校行けるわ」


「よかった」


お弁当を作ってくれている雅子の笑顔を見ると、杏子は何とも言えない安堵感に包まれた。


もう一度自分の部屋に戻り、いつものように制服に袖を通すのさえも新鮮に感じる。


窓から注ぐ眩しいくらいの朝日に目を細めて、これから来る嫌がらせに気合いを入れようとしていた。


―――また杉村さんから嫌がらせされるんや・・・。


そう思った杏子は、ふと机に目をやると、昨日から全く動いていないハンカチが一枚、持ち主を捜していた。


「持って行って・・・あいつに聞こうかな」


『俺は、お前に近づかないようにする。それが、お前を守る1番の方法やと思うからな・・・』


健一に言われた言葉が頭の中から出て行かず、杏子も自分から近づくべきではないと感じていた。


―――それなら、前田くんに渡して貰おうかな。いや直接お礼を言いたい。そしてガッくんのことを聞きたい。


杏子は目を閉じると、溢れてくる感情をぐっと堪えていた。


「杏子、遅刻するよ!」


雅子の大きな声によって現実に引き戻され、目の前のハンカチをかばんに入れ、自分の部屋を出た。


眩しいくらいの光りが射す中、走らないと電車に乗り遅れるとはわかっていながらも、ゆっくりと歩いた。