「ただいま」
「おかえり。あっ、あのハンカチ洗ってあるからね」
雅子は、洗ってアイロンがけされているテーブルの上のハンカチを指差した。
―――あっ、ハンカチのこと・・・忘れてたし。
怒涛の一日に頭が混乱し、ハンカチのことなど、頭にはなかった。
きれいに折り畳まれているハンカチは、保健室で握りしめていた時とは違う感触だった。
―――このハンカチはなんであんなに湿ってたんやろう・・・。
誰のなんやろう・・・。
美穂のかな・・・?
杏子は、自分の部屋に入ると、疑問を解くべく、美穂に電話を掛けてみた。
『もしもし』
「美穂、今いい?」
『うん。今、家に着いたところ』
「あのさ、昨日、保健室で美穂・・・ハンカチ忘れてない?」
『えっ?忘れてないよ。あっ、眞中くんじゃない?杏子のそばに座ってたし』
―――美穂じゃないんや。
「そうなんや・・・。ありがとう」
『うん。・・・杏子、大丈夫?』
「うん。大丈夫やで!」
電話を切ると、ベッドにもたれかかるように座り込んだ。
『眞中くんのじゃない?』
美穂の言葉が杏子の頭の中をグルグルと回った。
美穂にはっきり健一の名を出されたことで、その答えを望んでいた自分がいたことに気付いた。
しかし、望んでいた答えは、必ずしも全てを語ってくれるわけではなく・・・杏子の中にはたくさんの謎が山積されていた。
―――なんであいつが・・・持ってるん?もしかして・・・ガッくんのこと知ってる?
杏子の中には、いつしか『彼に会えるかもしれない』といった淡い期待ばかりが膨らんでいた。
『俺は・・・お前に近づかないようにする』
―――これって、私からも話し掛けるなって意味よな・・・ガッくんのこと聞かれへんやん。
予想外に出て来たガッくんの影に、杏子の想いはどんどん膨らみ、苦しいほどになっていた。
―――会いたいよ・・・。いつも守ってくれたやん・・・。
そう思うと同時に、ハンカチの持ち主が他の人間に代わっていたことで、彼にとってやはり自分はどうでもいい存在であったことを証明されたような気がした。
杏子は、行き場のない感情によって押し潰されそうだった。
―――私のことなんで何とも思ってなかったんやね。
なんて、辛いんやろう・・・。もう会われへんなら、こんな偶然を引き起こさんといてよ・・・余計辛いやん。
杏子は、ベッドにもたれたまま、静かに零れる涙を指で拭っていた。
もう忘れないといけないと思いながらも膨らみ続ける彼の姿は、夢の中にも出て来て、頭から離れようとしなかった。
夕飯を食べ、お風呂にも入ったはずだが、そんなことも記憶にないくらい、頭の中を占めている人物はいつもの笑顔だった。