ー麻理子の場合ー

麻理子は悩んでいた。 出勤中、受付でも先輩に「今日は笑顔が足らないわよ」と注意を受けた。
仕事が終わり、ロッカーで着替えを済ませると、 会社の裏側の出口へと歩き出す。
親には公衆電話から連絡したが、友達の電話番号は携帯が覚えているからと暗記していない。
それどころか、自分の携帯の電話番号も覚えていなかったので、龍に連絡する術がない。
「はうぅぅん」捨てられた子犬のような鳴き声を出して、出口に佇んでいた。
すると背中から
「何か困った事でも?」
と 優しい声が聞えてきた。

振り向くと 社内でかなりモテている、情報テクノロジー支部の寺山哲司が麻理子を覗き込んでいた。
「いえ、なんでもないです。お疲れ様です」
そう言って入り口の右端に拠って場所を空ける麻理子。
寺山は麻理子の真横で立ち止まり、外の様子を伺う、
「通り雨か・・・」

「え?・・・」
寺山の言葉に 麻理子もようやく、雨が降り始めていることに気付いた。
「傘、持ってますか? えぇと・・君名前は?」
「あ、受付の石川と申します」
「石川さん、 そっか、受付にいたんだね、気付かなかったなー」

麻理子は寺山の方を見て、うっすらと微笑んだ。
麻理子の表情を見て、寺山も静かに微笑み返すと、
「傘持ってる?」とだけ言った。