10分もしない間に、鍋はグツグツと音をたててきた。
リビングのソファーから 寝転がって姿の見えない母の声がする。
「焦げちゃうから、もう火を止めなさい」
龍はムスッとした顔でソファーを見やると、しぶしぶ立ち上がり コンロの火を止めた。
「かぁさん 皿どれ使えばいい?」
「どれでもいいわよ・・あ、高くないやつね」
「どれでも良くないじゃん・・・」
そうつぶやきながら、うどん用の椀を取り出してくる龍。

おでんの入っている鍋の蓋を開けると もわっとした蒸気が甘辛い匂いと共に消え、 豊富な種類の具が姿を見せた。
それを見たとたん、龍の頬が上がり、目を細めて、口は「2-」と言っているかのように微笑んだ。
龍はおでんの巾着もちが大好物だった。
一番上にあるのもたいがい巾着もちだった。
うどん用のお鉢だから 沢山入る、 龍は巾着もち2つと卵、こんにゃく、厚揚げと、底の方から大根と卵を引っ張りあげて
最後に黄金色のだし汁をお玉ですくって上からかけ流した。

またソファーから声が届く。
「ちゃんと蓋閉めてよ」

あちちっと言いながら 両手で大きなうどん鉢をつかみ、ダイニングのテーブルに置くのがやっとだった。
母の声で振り向くと 蓋があけたままになっているのに気付いた。
(ソファーに目があるのかよ・・・)
またソファー越しの母を横目で睨んで、鍋に蓋をした。

その後、軽く2回おかわりをして、全種類を堪能した龍は、 空のうどん鉢を流し台に置いて 水をかけ、
洗わないまま カバンを持って洗面所へ行く。
ソファーに横たわる母はいびきをかいて(寝ていた。TVの電源は 寝入る前に、消しているようだった。