「なんね、龍なの? もぅ・・・何度も押すんじゃありません!壊れるでしょっ」
「ほら、 なにボーッと突っ立ってるの、早く中に入りなさいっ!」
「あっ!」
そう言うと母親は急に龍の方へ振り向き、
「あんた昨日帰ってくるって言ってたんじゃなかったの?」
と繭をしかめて聞いた。

「ううん、今日だって言ったじゃん」
龍は面倒くさくなって、軽く嘘を言った。
すると 母親は ふーん と頷くと 疑う事もせず、向きを変えて家の中へ入って行った。

家の中は風が奥の部屋から吹き零れてきて、進むたびに龍のおでこにかかる前髪を上へと舞い上がらせた。
「おなか、 空いてたら おでんがあるわよ。」
母親はそう言うと、大きな両手鍋を掴んで2.3回揺さぶる。

「じゃ、それ温めて」
ちょうど、 旅館のロビーで麻理子とハムサンドを食べただけだった龍はお腹を空かせていた。
その言葉を聴いて母は、鍋をコンロへもどすと つまみを中のところまで回した。
「さっきまで熱々だったから、すぐに火が通るわよ、 ちゃんと火の元閉めてね」
そう言うと母は、エプロンを取り外してダイニングのイスにかけ、龍が帰ってくるまでドラマを見ていたらしく、
ソファーにもたれ掛かると、テレビのリモコンを片手で取り、再生ボタンをテレビに向けて押していた。