バスの中では時折、だれかの携帯の着信音が不快に流れたりするくらいで、
なにも楽しみが無かった。 麻理子と龍は話す言葉も無く、家に無事に帰れるという安堵からか、
深い眠りについていた。

途中、龍がふと目を覚ました。横に目をやると 麻理子が肩にもたれかかって寝ている。
頬が龍の肩で押されて その影響で、口が少し開いたままになっている。
スースーと もれる麻理子の息が、龍の鎖骨に当たっては 砕け、その破片が肩をなぜていく。

白くつややかな麻理子の頬をじっと見詰める龍。
ダークブラウンの長い前髪が斜め下に垂れ落ちる。 その髪が龍の唇にかかった。
頬と同じく白い首筋はすらりと伸びていて、V字に広がるピンクのセーターの襟首から 甘い香りが漂ってきた。

昨日の夜も彼女はこんな風に・・

龍が昨日の夜の事を思い出そうとしていたら、 バスはゆっくりとカーブに添って曲がり、
大阪駅近くのバス停に止まった。

「えー大阪駅停留所です。大阪駅停留所です。お忘れ物のないよう、前の人から順序良くお降り下さい。」

低い声で運転手がマイクを使って指示をしている。
その音で 寝入っていた麻理子も目を覚ました。

「あっ・・ごめんなさいっ わたし、もたれちゃってたんだね。すみません。」
そう言うと龍に向かって 眠気眼の顔を上下に振った。
その仕草に クスッと微笑み、
「いいよ、俺も寝てたから」と、答えた。